擂粉木麺
雨こそ降らないようだが空には雲が多い日曜日。午前中に父の四十九日の法要を行った。時の流れは早いもの。自分は未だ父の死と本当の意味で向き合えていない気がするものの、大きな区切りの日である事は間違いない。これから徐々に悲しみに浸るのかも知れないが、今は父が先に逝ってしまった母と再会して口喧嘩しながらでも仲良く二人で天への旅立つその背中を見送りたいと思う。法要自体は周りの協力もあってつつがなく終了する事が出来た。帰宅後仏壇の中にこれまであった母の位牌の横に父の位牌を並べて置いて手を合わせた。とうとうこの日を迎えてしまったか。
しばらくは仮祭壇の片付け等をして少し休憩した後、伊勢佐木長者町まで徒歩で向かった。食料調達を済ませてから向かったのは『地獄ラーメン田中屋』。我がホームと言って良い店だ。店内隅の券売機で食券を購入して空いている席に座った。厨房には馴染のあんちゃん店員2人。夕方の中途半端な時間だった為先客は5,6人しかいなかったが我が食べ終わる頃には8割方の席は埋まっていた。
看板メニューは辛い地獄ラーメンだが我は普通のラーメン一択。もう何十年間もこれのみだった。これからもそうだと思う。卓上から揚げ葱を大量投入するのも最早身体に染み込んでいる動作だ。
我が社会人デビューした頃は未だ「ブラック企業」という言葉が姿形も出来ていない頃で、退社するのが夜9時過ぎ、10時過ぎが日常化していたし、土曜出勤も普通に毎週行われていて出社しないと同じ職場の先輩から「どうしたの?」と逆に心配されるという、なかなかキツイ日々が続いていた。「仕事は合う合わないではなく自分が合わせて慣れろ」と当たり前のように言われた時代。ストレスと疲労が日々蓄積していく。我がこの店の一杯と出会ったのはそんな時代のある日の夜だった。
ある夜いつものように疲れた身体を引きずって遅い時間に最寄り駅に辿り着いたが、その頃の我はまだ若かったので自宅と会社をただ往復するだけの日々に嫌気がさしていた。いつしか週に一度、金曜の夜だけは一週間頑張った自分へのご褒美として、疲れていても外食してから帰るようになっていた。日付が変わろうという深夜の時間帯に、たまたま入ったこの店で、疲れた労働の後に食べるラーメンのたまらない美味さ、ラーメンの魅力を初めて知ったのだと思う。とは言え我がラオタの道へと足を踏み外すのはずっとずっと後の話なんだけどね。そんな余裕も無かったというか。金曜の夜のこの一杯だけを楽しみに、生きる糧にしていた時期もあった。なのでこの店の一杯は思い入れがあり過ぎてまともに評価出来ない。
時代は移り変わりあの時のように自らを摺り減らすような事はほとんどなくなったけれど、我の人生の節目節目でこの店の一杯を食べに帰ってくるようになった。今日は父母だけではなく自分にとっても大きな区切りの日。この一杯でぜひ締めたかった。最後を飾るにふさわしい一杯。食べられて大満足だ。




































最近のコメント