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2023年3月25日 (土)

雨真仮面

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予報では明日も含めて週末2日間はほぼ終日雨降りの様子。しかも先日とは一転し肌寒い。これは絶好の映画鑑賞日和だと思い庵野監督シン・シリーズ第4弾『シン・仮面ライダー』を見に行ってみた。前半のダークな感じが良く『シン・ウルトラマン』より好みかな?と思ったけど、2号ライダーが出てきたくらいからダレてしまったような気がする。鑑賞後印象に残ったのはヒロインの方で、主役のはずの仮面ライダーは最後まで影が薄い印象のままだったのが残念だった。でも当時初期仮面ライダーを見ていた世代が今観て鑑賞に耐える作品に構築しているのが「シン・ウルトラマン」同様に素晴らしいと思った。シン・シリーズ第5弾はあるのだろうか?期待したいところだ。

あと鑑賞中に腹が下りはじめたのは参った。何とか本編を最後まで見終わったがクレジットが始まった時点で席を立ちトイレに駆け込んだ。今朝からそんな感じだったので万全の用意で望んだたつもりだったのだが…。そんな状態なので朝から何も口にしていなかったけど全然腹は減らず、全く食欲が沸かなかった。消化器系以外は全然異常は感じられなかったので昔だったら強行突破して新店開拓していただろうが、分かり易い身体からの信号に素直に従ってそのまま帰宅する事にした。正午過ぎに帰宅したけど外では冷たい雨が降り続いていた。自宅でゆっくり過ごしている幸福感を味わいながら過ごした。結局夜になっても食欲は出てこないままだったけど。

2023年1月 4日 (水)

穏正月明

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初日の出。今年も雲ひとつ無い澄み切った好天に恵まれ綺麗な初日の出を拝める事が出来た。感謝でしかない。

今年も正月3日間も横浜の実家にて、家からほぼ外出せず閉じ籠もっていた。実家は交通の便は悪いがその分車の音は聞こえず人通りもほとんど無いので本当に静か。しかも3日間共好天に恵まれたので非常に穏やかな気持ちでのんびり過ごす事が出来た。考え方の話になるが、テレビのニュースで高速道路の大渋滞や新幹線の満席状態の報道がされる度に、自分は幸せな境遇にあるのだなとありがたく感じたよ。外出は極力せずコンビニ等にも一切行かず世間とは隔絶していた。掃除洗濯は最小限に留め本当の寝正月。3日間これが出来るのは正月のこの期間くらいなのでそこはしっかり堪能しようと意識した。こんなご時世にそれが実現出来た幸運に感謝しつつ穏やかな気持のままで3日間を過ごす事が出来た。本当に良い正月だった。

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幸いな事に3が日明けの4日まで正月休暇なので今朝から初詣に出かけた。これも毎年恒例で伊勢山皇大神宮と成田山別院で参拝する。朝8時くらいに桜木町駅に到着し職場へ向かうであろう人々とは反対方向に歩を進めた。まずは伊勢山大神宮へ行って1年間守って頂いた昨年のお守りと破魔矢のお焚き上げをお願いしてから参拝。今年は行動制限が撤廃されたので3が日の間に初詣に行った人が多かったと見えて今朝は昨年同様ほとんどガラガラの状態だった。

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参拝を終えてから今年のお守りを購入し成田山別院へ移動。こちらの方がほとんど人はいなかった。

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快適かつ清々しい気分で昨年穏やかに過ごせた感謝を伝える事が出来た。こちらでもお守りを購入してから階段を降りて桜木町駅へと戻った。

2022年12月31日 (土)

歳重理解

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毎年末、過去を振り返っている記事を書いていたが、今回は今年に限らず、今自分が気が付いた事、感じるようになった事を書いておこう。長い呟きだ。

年々歳を重ねる毎に不思議と徐々に生きる事が以前ほど苦では無くなってきた。いや、当然未だに苦しい事や辛い事は日々はあるにはあるのだが、そのダメージを受ける程度の問題だ。大したものではないが我もそれなりに人生経験を積んできたので、苦しみへの耐性が出来たからかな?とは思っていた。でもよく考えてみれば歳を重ねていけば、自ずと「自分の将来」そのものの時間が目減りしていくので、「自分の将来への期待値」への変な「力み」のようなものも軽減されていくのは当然だし、それと同時に「将来への期待値」の裏に潜んでいた、その3倍から4倍もある「将来への不安」というのも目減りしてくれたからだと思う。簡単に言えば肩の力が抜けてきたというべきか。諦め等というネガティブな感情ではなく、ポジティブに捉えられているのが自分でも不思議なのだが。

我が尊敬している、約7年前にあの世の冒険へ旅立たれた漫画家、水木しげる御大のお別れ会に出席した時にいただいた最後のメッセージ「好きなことをやりなさい」の本当の意味が今になってようやく判ったような気がした。自分の人生の時間なのだから、出来るだけ自分の好きなことの為に使おう。自分の人生の時間は他人の為の時間ではない。もちろん好きなことをする上で我慢しなきゃならない事はあるので、台風が通り過ぎるのを待つように耐える時間もあるよ。でもそれはあくまで好きに生きる為の手段であって、耐える事が目的じゃない。そこを勘違いさせて上からものを言ってくる輩が世の中にはとても多い。特にこのパンデミック禍の期間にそれが可視化された気がする。

このパンデミック禍の自粛期間中に自粛警察、マスク警察等と呼ばれれる者たちが出現した。彼らは正義感に突き動かされて、と自己正当化するのだろうが、実は「不安」に突き動かされた結果である事は明白だ。反対に「マスク拒否おじさん」達も「不安」が「怒り」に変換され、それに突き動かされて「同調圧力だ!」と叫んで無駄に自分の人生の時間を費やしている意味で先の彼らと同じだ。同調圧力反対を叫んで集団を作ったらそれが同調圧力なんだよ…。多発するSNS炎上もそう。つい怒りを触発され、怒りのままに反応・行動してしまい、貴重な人生の時間を文字通り燃焼して灰にしてく。いやイライラした時間に変換されていく。そういう輩に関わる時間があったら、読みかけの本を少しでも読めたり、録画して放置していた番組とか見る時間に当てられただろうに…。

自分の身の回りでも精神を病み身体を壊してしまう人達が現れてきた。そういう人は所謂「良い人」である場合が多く、色々な面倒事を頼まれ断れず一人で抱えて精神と身体を壊して職場を去っていく事もある。要はいいように使われるだけ使われて壊れたら捨てられたのだ。彼は自分の人生の貴重な時間を使って何の為に頑張ったのか?会社の為?家族の為?本当にそうだろうか?我は彼と同じようになりたくない、自分の人生をそのようにしたくなはないと強く思った。

原因は「社会」というものが、人の手に余る自我を持つ怪物と化しているからだ、と空想してみると見え易くなった。人を使役し使い捨てにして養分にして大きくなっていく。その手段は巧妙に「不安」を煽り、「怒り」を刺激して「その場の空気」を形成し反論しにくい状態に追い込んで人を使役しにかかる。こんな世の中、精神を正常に保つ方が圧倒的に困難だと考える。ひきこもりが爆発的に増加しているというのも無理はない。ギリギリの自衛手段だ。

こんな小難しい事を何故ダラダラと書いたかというと、昨日関内辺りを歩いていたら道端に「人となれ 奉仕せよ」と書かれた石碑を見たからだ。いや、あんたが他人に奉仕する事、他人の笑顔を見るのが喜びで人生の目的だと思っているなら好きなように生きればいい。でもそれはあんたの心の中に留めておくべきで、偉そうに命令口調で他人に強要するな!ましてや石碑に刻むとか正気の沙汰でない。怒りを通り越して呆れたよ。我はもう容易く他人の為には動かない事にした。

我はまだ余生と言うのは流石に早過ぎる年齢なのでもう少し我慢の時間も必要なのはわかっているつもり。でも歳を重ねる度に、金より時間の方がどんどん貴重になっていっているのを実感している。水木御大の言葉を心の真ん中にしっかり持って意識して、他人に左右される事なく、自分のために人生の時間を使おうと強く思った。

2022年11月19日 (土)

試漕電走

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快晴の土曜休日。気温もそれほど低くなく爽やかな過ごしやすい気候。今日は最近各所で目につくようになり気になっていたシェアサイクルを初めて使ってみることにした。レンタサイクルとは異なり元の場所に返却する必要がなく別のポートに乗り捨てOKなのが良い。調べてみると貸出ポートは中区にはかなりの数が出来ているようなので使い勝手が良さそうに思えた。アプリをインストールすれば使えるようになり事前予約も出来る。料金も電動アシスト付きで30分税込165円だからまあまずまずの値段。今日はお試しなので最寄りのポートからハンマーヘッドまで行ってみることにした。

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最初は当然ながら借り方や返却方法、施錠の仕方等をサイトを見ながら行った。また久々の自転車運転なので交通ルールも昔と変わっており慎重に気をつけながら走った。でも電動アシストはかなり楽でスイスイと進み、とても快適だったね。思ったより電池の減りが早かったけど。小一時間ほどサイクリングを楽しみ桜木町駅近くのポートに自転車を返却した。返却完了通知メールを確認し終了だ。借りっぱなしで料金が凄い事になったらえらいことになるからね。もう少し慣れればちょっとした移動でも気軽に利用出来るだろうし使い勝手が良さそうだ。我に合っている交通手段だ。都内や他の地方都市でも同様の活用が出来るようだし。このインフラが維持・拡張していけば少なくとも近距離移動に限定するなら自分で自転車やバイクを買う必要はなくなりそうだ。

2022年5月26日 (木)

麺巡初年

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本ブログ「擂り粉木日記」を書き始めて今日でちょうど16年になる。我ながらよく続けてこれた。先日書いた記事「擂粉木始」では開始前後の心境を振り返ったが、今回はラーメン食べ歩きを始めた最初の1年を振り返ってみたい。自身の思い出話だからいつも以上にダラダラと書く。

2006年5月27日から開始した本ブログは、その時興味を持ち始めていたラーメンの食べ歩き日記となっていった。今もそうである事は一旦置いといて、その当時ブログを書き続ける文章力(表現力/スピード)もなく、そもそもラーメンの知識が著しく不足している事を悩んでいた。一般的なラーメンブロガーであれば「美味しい一杯に出会いたい!それを共有したい!」とか考えて書くのだろうが、我は「自分のラーメンの経験値を上げて深い知識を得たい」という歪んだ気持ちで食べ歩いて書いていたというのが本当のところだ。今考えると愚かだったが当時は焦っていた。

食べ歩きの重要度としてはまずは超有名店へ訪問しラーメンの縦軸(質の幅)を知る事だった。自分の物差しの精度を高めたかったから。それと当時から一番興味があった「ご当地ラーメン」に代表されるラーメンの横軸(多様性)を知る事が出来る店へ優先に訪問した。それらの店の情報が必要だった。当時は現在のようなSNSはほぼ皆無だったので、店側から発信される情報事はほとんど無かった。その分ラーメン関連の雑誌や本はかなりの頻度で発行されており、それらをほとんど購入しては読んだ。石神本なんて毎年出るのが当たり前だと思っていた時代だ。今のようにAmazonのような通販も発達していなかった為、新宿や神保町に出向いてラーメン関連本を探し歩いたのも良い思い出だ。

でもそれ以上に有力な情報源になっていたのは一般の人のラーメン食べ歩きのブログやHPだ。質はピンからキリまで膨大な店が記録されていたし、有料の書籍等より正直な感想とリアルタイムな情報を無料で提供してもらえていたので、それについては今も感謝している。しかし当時お世話になったHP達は今見るとそのほとんどが閉鎖されていたり更新が停まったままだったりする。そういうのを見ると時間の流れの残酷さを感じるよ。

それらの情報源を通してから見た世界は見慣れたはずの街でも今までとは全く別に映った。まるでゲームの中で新たなフィールドにやって来て攻略すべきポイントを幾つも見つけたような高揚感。とても心躍った。でもその攻略ポイントがあまりに膨大過ぎてどう手を付けていけばよいか悩んだ。そこで我が選択したのは「毎日ラーメンを食べる」という荒業だった。毎日ラーメンを食べるなんて流石に体に悪影響を及ぼす事くらいは想像出来たので「始めの1年だけ」という期限は設けた。本格的にラーメン食べ歩きを始めたのが2006年5月29日だったので、その1年後の2007年5月28日までの間、ほぼ毎日ラーメンを食べ続け、結果572杯ものラーメンを食べた。1年の日数より200杯以上オーバーしている。つまり相当連食をしていたという事になる。実際週末は連食が基本でそれ以上杯数重ねた時も多かった。しかも間の悪い事にこの時歯医者へ通院していて、8月から10月にかけては親不知4本を順番に摘出手術を受けていた期間だからね。術後翌日くらいには顔傾けてラーメン食べていた。本当に狂っていたのだ。でも楽しかった。あの時だから出来た事だ。

当時勤めていた職場には蒲田駅からスクーターを使って通勤していたので、平日は東京大田区にあるラーメン店を中心に食べ歩いた。最初は駅周辺の普通に入りやすい店を訪問していたが、その内第一京浜沿いや環八沿い周辺の、店の外観を見ただけで普通の人ならば入店をためらうようなディープスポットのラーメン店にも突撃するようになった。令和時代では確実にアウトになるような衛生面に問題がある店、店主が店内で猫に餌を与えている店、店内に店主家族が勢ぞろいしていて家族団欒の中、部外者感覚でラーメンを食べる事になる店etc…。あの当時はまだそういう店が普通に存在していた。それらの店を巡った経験である意味ハートは結構鍛えられたと思う。大概の店に躊躇せず入店する事が出来るようになり、後に地方遠征食べ歩きをする時に大いに役立った。

週末土曜日は主に都内や神奈川県内の有名店 を食べ歩いた。荻窪の『丸長』に代表される歴史ある系列から『麺屋武蔵』『けいすけ』に代表される当時最先端だった店巡り等もした。あとラーメン世界遺産と言われた『東池袋大勝軒』本店(旧店舗)へ訪問出来たのも良い思い出だなー。自分の中で少しずつ経験値が重ねられていく喜びを感じていた。完全にラーメンオタクとなっていた。だからと言って急に舌が肥えたりはする訳がない。けれども食べ歩き前に持っていた妙な偏見は無くなっていった。自分の好みだ!拘りだ!と思っていたものは、単純に無知からくる偏見だったと教えてくれた。質の高いラーメンはそれらを捻じ伏せて心底美味しいと思わせてくれたからだ。おかげで今は様々な種類のラーメンを楽しむ事が出来ている。自分の舌に自信が無くても縦軸を知ろうと努めるのはとても大事な事だった。

毎週日曜は主に横浜市内の店を巡った。家系にも様々な種類がある事をこの時知った。今巷で氾濫している工場製スープの量産型家系店が登場するずっと前の頃の話だ。特に磯子区辺りは移転前の『吉村家』に影響を受けたと思われるある意味貴重なパチモノ店もあったりした。横浜在住だからこそ豊富な家系体験が出来た。 六角橋や上永谷周辺の環状2号線沿い周辺のラーメン激戦区に初めて訪れたのもこの期間だった。あっちにもこっちにもラーメン店があり興奮したよ。ラーメン食べ歩き自体も楽しいのだが、今まで知らなかった土地を歩く事で、それまで小さかった自分の生活圏の外の世界、自分の頭の中の地図の空白地帯が埋められていくのがとても面白かった。余計に食べ歩きにハマっていった。

この期間の食べ歩きで最も強烈な印象を残した店は八王子の『みんみん』と千葉竹岡の『梅乃家』の2軒だ。両方とも我がラーメンに興味を持つきっかけになった店だし、この後全国ご当地ラーメン探訪を行うきっかけにもなった店だ。『みんみん』は昭和の佇まいを色濃く残す町並みの八王子からバスに揺られた先の郊外にあり、靴を脱いで座敷に座ってラーメンを食べた。シンプルだけど個性がありとても美味しい八王子ラーメンだった。一方の『梅乃家』は千葉の外れの小さな漁村にある海風が通っていく簡素で良い雰囲気の店だった。そこで食べる乾麺とチャーシューの煮汁から摂ったスープの荒々しい一杯は素晴らしかった。この時の経験から、店の雰囲気を含め現地に訪れ食べてこそ本物のご当地ラーメンを体感出来る事を学んだ。都内に進出しているようなご当地ラーメン店や集合施設、催事で提供されるご当地ラーメンはそのほとんどが紛い物だったと気付かされる事になった。我のラーメン食べ歩きにとって重大な出来事となった。

2022年3月31日 (木)

花見休朝

220331negishipark013月最終日平日。明日は4月1日で職場でゴタゴタする事は明らか。桜も見頃を迎えそうだったので先週休暇申請を出しておいた。花見休暇だ。

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毎年恒例だが朝の根岸森林公園へ散歩に向かった。昨年は日の出のタイミングで家を出たらまだ桜に陽が当たっていない状態だったので今日は日がある程度上った頃に家を出た。

220331negishipark02220331negishipark031年ぶりの根岸森林公園。ちょうど陽が当たり桜満開の美しい景色が広がっていた。

220331negishipark04220331negishipark05ここの桜林は奥行きがあり重層的な美しさがある。まるで桜が爆発しているようなこの世ならざる美しさを楽しめた。全国には桜の名所が多々あるし、そこに実際行けば感動するだろうけど、朝ちょっと散歩するだけでこの光景が拝めるのであれば我はもうここで十分だよ。

220331negishipark06非日常的な光景を目の当たりにして頭に残った擂り粉木の日々のつまらぬ事など消し飛んだ。

220331negishipark07220331negishipark08通勤の為バス停でバスを待つ人達の間をすり抜け一旦帰宅し1時間ほど休憩をして再度出発。今度は蒔田から日の出町にかけて大岡川沿いをゆっくり歩いた。川沿いの桜もまた別の趣がある。

220331oookagawa01220331oookagawa02若い頃は花見など全く興味なかったのに、歳を重ねるとこういう季節の移り変わりがとても貴重なもののように思えてくる。桜については今年は今日で十分堪能し悔いはないよ。今日は心から有給休暇を使って良かった。

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2022年3月19日 (土)

擂粉木始

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2006年5月27日からこのブログを書き始め、気がつけばあと2ヶ月で開設16周年を迎える事になる。こんな自分がひとつの事を16年も続けてこれたという事実に驚き、感慨深い気持ちになった。この機会に「擂り粉木日記」を開始した当時の事を振り返り、読み返して感じた事、思い出した事を書いておく事にした。例によってダラダラと長文で書く。

2006年の出来事は第一次安倍内閣発足,livedoor堀江貴文氏逮捕…等があったそうだが言われてもあまりピンと来ない。当時自分の携帯電話 はFOMAでSH903i TVという機種を使っていた…と言った方が時代背景が見え易いか。初代iphoneの発売は翌年の2007年だそうだ。当時はFOMA付属カメラでラーメンを撮影していたが、あまりに画質が悪いのでしばらくして別にデジカメを買って切り替えた記憶がある。

今ではすっかりオワコンツールと言われてしまっているブログも当時は全盛期だったと記憶している。ちょうど現在芸能人達が猫も杓子もYou Tubeチャンネルを立ち上げているように、ブログで発信するのが当たり前みたいになっていた。ブログで有名になる芸能人も現れたし、一般人も有名ブロガーと言われる人達が誕生していた。我の周りの一般人も自分のブログを開設した話を聞いたりして、その流れにのるような形で、ろくに考えず本ブログ「擂り粉木日記」を開設した。ブログ名も開設当初書くテーマも決まっていなかったからどうにでもなるように名付けた。

けれども早い段階で自分のラーメン食べ歩きの記録になっていった。ブログ開始する前は意識的にラーメンの食べ歩きをしていたわけではない。隔週に1回くらい家系ラーメンか『田中屋』のラーメンを食べていた程度だ。ブログを書き始める何ヶ月か前だったかな、ラーメン好きの会社の同僚に誘われて京急平和島駅近くの当時『麺香房暖々』、今は『らーめん大大森店』を名乗っているようだけど、そこで初めて「二郎系ラーメン」と対峙する事になった。当時はまだ今のように二郎系インスパイアが拡散されておらず聞いたことはあったがどんなラーメンかも全く知らなかった。カウンターにあった説明文を読んで何も判らぬままほぼ全増し注文しあえなく轟沈、麺を残して退店する事になった。その屈辱感もあって「何なんだあのラーメンは!?」とラーメンのバリエーションに興味を持ち始めるキッカケになった。しかしそこで我はジロリアンに流れずラーメン全体に興味をもつようになったのは別のキッカケがあったからだ。確か何かのグルメ漫画をたまたま読んで千葉の『竹岡式ラーメン』の存在を知った。その当時のご当地ラーメンの知識といったらせいぜい札幌ラーメン、博多ラーメン、あと和歌山ラーメンくらいしか知らなかったので軽い衝撃を受けた。そんな限られた地域に特徴のあるラーメンが存在するのか?そうなると日本全国でどれくらい我の知らない種類のラーメンが存在するのだろう?調べてみようかな、そんな感じでラーメンという食べ物に興味を惹かれ始めていたタイミングだった。だからブログ開設当初は本当にラーメンの知識は無いに等しかった。ブログの記事を書く為に食べ歩くという行為によって、ラーメンの興味が加速されてどんどんラーメンの沼にハマっていったと言っていいだろう。当時は多く出版されていたラーメン本や雑誌を読み漁ったものだよ。

こうして何も考えずに始めた「擂り粉木日記」はラーメン食べ歩き個人記録になっていった。しかしいざブログを書き始めてみると、自身の致命的と言っていい2つの大きな問題が明らかになり苦しむ事になった。ひとつは自分の語彙力と文章力の無さだ。今までろくに文章等書いてこなかったのに、いきなりほぼ毎日文章を書く事になった。当然慣れていない。意気込んでみたものの自分の書きたい事がほとんど文字に変換することが出来なかった。キーボードを打つ手が全く進まない。短い文章を書いているつもりだったのにいざ時計をみると驚くほど時間が進んでいて就寝時間はどんどん遅くなっていった。今のようにTwitteのようにつぶやくだけならどんなに楽だったか。でもそれでは自分の本当の気持ちを収める事、残す事が出来るようには思えないけど。

更にもう一つの原因は、ラーメンに関する知識が致命的に不足している事だ。テーマと選んだものに対する知識がないのにほぼ毎日のように書き続けなければならないのは苦痛だった。麺の分類、具材の名前、店の系譜はもちろん、美味しいと思っても「美味しい」以外にそれを表現する言葉さえ浮かばない。これらの問題を解決するにはただひたすら書いて文章に慣れ、日々ラーメンの事を調べて知識を得ていくしかなかった。正しい知識と文章力が無いものはブログを書く資格はないのか?否!別に頼まれて書いているわけでもない。営利目的で書くのではない。ただ自分の日記として書く。だから世間に公開しているとは言え自分の気持ちとは真逆の嘘を書けば読み返した時自己嫌悪に陥るのは目に見えていた。開き直って書く。自分の感じたままをなるべく文字に変換するように心がけ書き続ける事を決めた。

ところが今自分で当時の記事を読み返してみると、味や値段について必死にあら捜ししてケチつけているとしか読み取れない文章で、そんな風に考えて食べていたら美味しい一杯も美味しく食べられるはずがない。自分を不幸にしていた。更に始末の悪いことにラーメンの知識が無いだけではなく、飲食店経営の大変さを想像すら出来ていなかった。一杯を提供してくれた店への敬意が感じられない。今の自分でこんなに嫌な気持ちになるのに、店の人からすれば相当胸くそ悪い気持ちにさせてしまっただろう。これは当時ラーメンの知識を得る為読み漁っていたラーメン雑誌等の反発があったからだと思う。ラーメン本のほとんどは正しい知識を教えてくれたので今考えても良い本が多かったけど、中には明らかに提灯記事を並べていたような雑誌も散見され、そういうものへの反発心で、基本知識さえないくせに偉そうに値踏みするような気持ちで書いてしまっていたのだ。本当に稚拙だった。

かなり長文になってしまったので流石にこのあたりで区切ろう。また日を改めて「擂り粉木日記」を振り返ってみたい。

2022年1月 4日 (火)

四日初詣

220101hinode01自宅から眺めた今年始めての日の出。雲ひとつ無い澄み切った空に徐々に暖かな光が広がっていく綺麗な初日の出だった。年明け早々冷え込みが厳しくバケツに厚さ1cmの氷が張った。今年も静かで平穏な正月を自宅で過ごすことが出来た。昨年同様3が日は誰にも会わず自宅から一歩も出ずテレビ等もほとんど見ず何にもしない幸せを堪能した。まあ平たく言って惰眠を貪った寝正月だったという事だ。

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三が日空けの4日目。我の正月休暇最終日。今日も元旦同様快晴で美しい日の出を見る事が出来た。松の内には初詣をしなければとは思っていたのでもう休みの内の今日出向く事にした。例年通り野毛の伊勢山と成田山。朝8時半頃桜木町駅から向かったのだが駅からランドマークタワーへ向けて通勤する人々が流れて歩く様を見て初めて今年の正月が終わったと感じたよ。我はその流れに逆らって伊勢山皇大神宮へ向かった。

220104iseyama01220104iseyama02 去年は感染者激増で密になるのを恐れて10日に初詣へ行ったがそれでも結構な人出だった。今年は三が日に済ませた人々が多かったのだろう、ガラガラだった。時間帯にもよるのだろうけど我が参拝する時賽銭箱前には誰もいない状態だった。職場から参拝しに着ているだろう集団が多かった。

220104naritasan01そのまま成田山横浜別院に移動。こちらはほぼ人がいないと言っていい状態だった。快適な状態で初詣をする事が出来た。感謝だ。

2021年12月31日 (金)

隠年振返

このブログは日記なのでこの先の自分が過去を振り返った時の為に、今考えている事をだらだらと書いて残しておこうと思う。だらだらと書く事が出来るのはブログの強みだ。

昨年末から感染者数が激増し年明けの緊急事態宣言からそれが常態化して、今年は昨年以上に家に引きこもる事が多い年となった。なので例年まで頻繁に行っていた国内旅行も、今年は9月末に行った和歌山&京都旅行の一度きりに留まった。本当は昨年末訪問する予定で手配していた宿の予約や電車のチケットを解約&キャンセルしていた経緯もあるので旅立つ時は嬉しかったね。地麺巡りで漏れていた和歌山てんかけラーメンを食べる事が出来たし、緊急事態宣言下の観光客が少ない静かな京都を経験出来たし記憶に残る良い旅になった。とはいえこの状況下を理由にそれ以上旅への欲求というのは高まる事は無かった。外出せず自宅で出来るものに興味を切り替え旅への関心が高まらないようにしていたからというのもあるけど。だから自身の今年を漢字一文字で表すと「隠」だな。本来出不精なのでそれもほとんど苦ではなく、むしろこの状況を楽しんでいる自分がいた。

コロナ以前と以後で比較すると明らかに今の方が自分に合った生き方が出来ているようになった気がしている。酒に苦手意識がある我からすれば、あの半強制的に行われていた各種面倒なお付き合いから開放された事は大きい。おそらくは今後も参加を強要されるような事はアウトな風潮になってくるだろうし。

それと電子決済等各種手続きのデジタル化社会実現への加速度が増した事も良い流れだ。それでも我が思っていたより遅い速度だけどね。もうちょっと便利な社会になるはずなのに。ここはもうちょっと加速して欲しいところだ。

あと逆にテレビをはじめとしたメディアから降り注いでいる情報を無防備に浴びる事の怖さを学んだ。前まではオカルト的な電波系の考えだと思っていたけど、もはや隠す事すらせず明らかに意図して人の不安を煽り苛立ちや怒りを誘発させに来ている。だから今年からはせいいぜい天気予報を含めた5分10分のニュースしか目に入れないようにして、報道番組は極力目に入らないよう防御に努めた。怒りという感情は冷静と対極にあって自分を見失わせ易い心の状態なので、そこを狙ってやつらはつけ込んでくる。思い出すのは在宅勤務時『龍宝』で昼飯を食べながら常連の爺さんが店主と話しているのを聞いた場面だ。その爺さん、「何で東京オリンピックやるんだ!」と徐々に怒りが高まり最後は半ば叫んで話していたよ。それを見て我は「あーあ、テレビの評論家に憑依されちゃってるよ…」と哀れに思ったものだ。本当に自分が怒るべき事なのか、他人の扇動に流されている感情なのか判断つかなくなっていたんだろうね。テレビに限らずまとめサイトを筆頭にネット情報もかなり怒りを誘発させる危険なものも多いので、一歩下がった形で外部情報を眺める姿勢が今後より重要になってくると思う。と、偉そうな事を書いているが、自身が今スマホ依存症に陥っているのを自覚しているので何とかしないといけないなと考えている。

ああ、そういえば今年は東京オリンピックの年だったね。元々我はオリンピック等というスポーツ大会というものに全く興味がないので結局開会式から閉会式に至るまでまともに見たことは無いまま終わったな。オリンピックという行事も今までのような国家他の宣伝の為大金かけてまで誘致するにはあまりに採算に合わなくなっていく事が予想される。今後は規模縮小の方向で進むイベントになるだろうね。

ここまで来れば我自身あまり悲観的に考えないようにして、時代はより良い方向に進んでいると思うようにしているんだけどね。何よりそう考えた方が自分が得だし。病気や事故、天災など落とし穴はどこに潜んでいるか判らないけど、そればかり考えて不安がって過ごすよりは良いと今は考えている。

とりあえず今年も自宅で暖をとりながら年越しそばを食べて無事に正月を迎えられそうな事に感謝している。『豊野』の海老天を使った年越しそばは美味かった。例年通り正月3が日は外出せず自宅に引きこもって過ごす予定だ。来年の今頃もこのような年越しが出来ることを願うばかりだ。本当に良い年でありますように。

2021年6月 8日 (火)

在宅活用

日記だから食事以外の事もダラダラと書いておく。

昨年春から始まったパンデミックでもたらされた新しい日常。それにより在宅勤務という今までにない選択肢がもたらされた。我の場合は緊急事態宣言発令中だとしても結局良くて週1日か2日出来れば良い方という程度だけど。それでもそういう機会が得られた事は大きい。更に我の趣味のひとつでもある旅が封じられている事情もあるので、家にいる時間が例年よりは増えたという事も関連してくる。この機会を有効に使いたい。

発端は昨年4月、最初の緊急事態宣言を受けて約3週間ほど在宅勤務期間に入った頃だった。室内で仕事をしていると突然我が家のインターホンが鳴った。屋根補修業者らしく我が家の屋根が相当傷んでいるという話だった。これは屋根業者のセールスかも知れないと疑って他の業者にも見てもらって写真を撮ってもらい確かに嘘ではなく傷んでいる事が判明した。なので早速補修を依頼し梅雨になる前に完了してもらう事が出来た。

次は昨年秋にガス会社から我が家のガス管が漏れているようだと連絡を受けた。確かに風呂の温度が以前より上がにくくなっている。取り急ぎ応急処置をしてもらったがガス管自体がかなり古いものなのでなるべく早い時期に交換工事をした方が良いと言われた。なので今年4月にガス管交換工事を行ってもらい無事完了することが出来た。

考えてみれば我が家も築38年。老朽化が進んでいるのは当たり前。ちょっと前から床に複数箇所柔らかい部分が出来て踏み抜いてしまう恐怖を感じた。これは今のうち補修した方が良さそうだと判断し、業者に頼んで先週床の修繕工事をしてもらった。家の工事となると当然立ち会いが必要になる。こういう時に在宅勤務が選択出来ると便利だ。わざわざ休暇を取らなくても仕事をしながら立ち会いが可能となる。ワクチン接種が進んでいけば状況が変わってしまうかも知れない。今の内に色々出来て良かった。有効な時間の使い方が出来たと思う。

それとは別に4月から5月末までの間、家の光電話回線工事や無線ルーターの更新、スマホの機種変更、タブレット端末更新、キャリア変更、父親の携帯電話のスマホ化等も重なった。こういうのは時間の縛りがあるので結構面倒だった。

この期間の出費は必要経費以外の何者でもないとわかっているがかなりの出費となってしまった。更に家の中の整理整頓も並行して行っていたので、そこで生じた不要物廃棄と、新たに棚等も購入して整理もしたので結構疲れた期間だった。今はとりあえず一旦落ち着いたので安堵している。

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