
今年最初の遠征の地に選択したのは冬の山形。我は暑がりの癖に雪国の陰鬱な景色というのが苦手で、冬の時期は滅多に北へ進路を取ることはなかった。そして山形へは約2ヶ月前の昨年11月下旬に訪問したばかり。それでも目的地に選んだ理由はあの店へのリベンジに他ならない。
山形県置賜地方。戦前、山間の斜面に田畑を作る為、牛よりも力のある馬が農耕用として重宝されていた。当然馬肉は牛肉や豚肉より安価で入手出来た土地柄だったという。そういう文化的背景があった上に、長井市にはかつて草競馬場があり、走れなくなった馬は貴重なタンパク源として食されたそうだ。そうして生まれたのが長井の地麺、馬肉ラーメンということになる。その元祖と言われているのが、長井市中心部からは外れた今泉地区という場所ににある昭和28年創業の老舗『かめや』だ。我は昨年11月末に山形内陸地方遠征を行った際、見事にフラレてしまった。その理由は「人手不足と都合により1ヶ月間休業する」というものだった。気持ちの上では膝から崩れ落ちた。12月2日から営業再開とは書かれていたのでそのまま閉店しないというのはわかったけど、理由が深刻なのでもしかするともしかするかも知れない。それからというもの我はこの店の事が心にずっと引っかかっていた。その後改めて再調査するに連れ「この店は我が行かなければならない店」だという思いが募ってきた。なので遠征に出かけるならまず『かめや』へのリベンジ!という気持ちだったので迷いはなかった。今度はレンタカーではなく電車と徒歩で向かう。もちろん日帰りで。一週間前には新幹線のきっぷを手配をした。更に「また臨時休業にぶち当たってはタマラン!」と不安になり、実は前日に店へ明日営業しているか確認の電話を入れた。すると店主と思しき男は「明日営業するかは未定です。その日その日でどうなるか変わるので」とぶっきらぼうに言ってきた。なかなかの職人気質のようだ。一瞬躊躇したけど、そういう答えがあるという事は営業する可能性があるという事だ。前回のような長期休業にはなっていない事は確認出来た。ネット万能みたいに言われる時代になっているけど、地麺巡りはそうはいかない。それが面白いところでもある。明日に賭けることにした。
東京8時発のつばさに乗車し出発。那須塩原辺りは空気の澄んだ気持ちの良い青空がひろがり遠くには雄大な山々が連なる景色が続き、これからの旅に期待が高まる。ところが郡山を過ぎ険しい山岳部に差し掛かると急に吹雪が吹き付ける雪景色に変わった。木々は雪の重さで頭を抑えられているよう。更に山深いところへ進むと、線路のすぐ近くから急激な谷になっていて底の方には凍った川が見え、雪の吹き溜まりのようになった極寒の景色が車窓一枚隔てた先に広がっていた。温かい新幹線車内とのギャップが半端ではない。米沢でつばさを降りて米坂線に乗り換え30分ほど揺られちょうど11時くらいに今泉駅に到着。ホームから渡り階段へあがるところで駅員が待ち構えていたのできっぷを渡して駅出口を目指した。

駅から300mちょっと離れた場所に目的の店『かめや』がある。角を曲がると記憶にある風景。約二ヶ月前車で通った道。何の変哲もないこの田舎道に結構な交通費と時間をかけてまた自分はやって来たんだ。車で通ったこの道を今度は歩いて進む。僅かな屈辱感もあるが、それ以上に「今度こそ!」という気持ちで高揚している。この感覚は初めてではない。約4年前、北秋田二ツ井の『曙食堂』へ再訪問した時だ。何故か馬肉チャーシューつながり。今回もあの時のようにリベンジを成功させたい。「頼むぞ、頼むよ」と心の中で呟きながら、粉雪が少し風に混じる、静まり返った道を速歩きで進む。そして店に到着した。開店予定時刻を10分ほどまわった時間だった。
まず立て看板の下に辛うじて光っている電光掲示板が目に入った!そして二ヶ月前はガランとしていた店の駐車場に何台もの車が停まっている。そして店舗には暖簾がかかっているのが見えた!やったぞ!二ヶ月間思い焦がれていた店にリベンジ出来る!この時は本当に嬉しかった。地麺巡りをしているとこういう喜びが味わえる時がある。早速入口のガラス戸を開けて入店。駅から店に着くまで通行人の姿が見えなかったのに、何なんだこの店内の活気は!こんな辺鄙な場所にあるのに大勢の客が詰めかけている。それは地元民に絶大な支持がある名店の証拠に他ならない。

4人がけテーブル席6卓は全て客で埋まっていた。座敷に6人卓が3つあり、その中の一つが空いていたのでいち早く乗り込み陣取った。それは一限の客にはハードルが高い、この店独自の注文ルールがあるのだ。それは客の方から厨房に出向いて陣取った席の番号を言って注文するというもの。それを知らないで店員が注文を取りに来るのを待っていると永遠にラーメンにありつけないことになる。我は事前調査で知っていたのでとりあえず席を確保し厨房に口頭で注文した。厨房にはおじさん店主とおばさん店員の2人で切り盛りしていた。メニューは中華そばの小盛、普通盛、大盛というシンプルさ。我は念願のリベンジだったので大盛を注文。しかしその後25分くらい待たされることになった。でも大丈夫。次の電車の出発時刻までは余裕がある。その間来客は相次ぎこの店が我が想定していた以上の人気店だというのがわかった。地元の支持率がこんなにもあるというのは期待は更に高まる。そして念願だった『かめや』へのリベンジ成功を目前にしているという事実に、自然と笑みがこぼれてしまいそうになり、堪えるのが大変だった。

中華そば かめや 『中華そば(大盛)』 800円
素晴らしいビジュアルの一杯がようやく着丼。この美味そうなラーメンの顔といったら!麺は丸い形でやや柔らかめに茹でられたシコシコ食感の麺。山形のラーメンらしい多めの麺量だ。具はきざみネギ、柔らかめの長いメンマが数本、ナルトの代わりなのか魚肉ソーセージが一切れ、そして黒い馬肉チャーシューが4枚。そしてかなり濃いめの醤油味のスープ。我はこのくらい濃い醤油味は好みなので美味しく感じた。そして馬肉は思ったほど硬さはないがこちらもしょっぱめ。北国のラーメン感があって良いね。着丼前もそうだったけど、食べている間も自然と顔がほころんでしまったよ。量が多かったけど文句なし完食!もちろん大満足!また厨房入口に出向いて料金を支払う。女店員に「おしょうしな」と言われた。これで隠れ地麺である長井馬肉ラーメンの攻略を果たすことが出来た。こんな満たされた気持ちになったのは久しぶりだ。徒歩でこの店にやって来たような物好きは我くらいなので、今度はニタニタ顔を抑えることなく、誰もいない駅へ続く道を戻った。
注文から店を出るまで結構時間がかかったけど、次の電車が来るまで20分くらい前に今泉駅に戻ってくる事が出来た。駅の窓口が開くのを待って山形までの切符を購入。我以外誰もいないホームで電車の到着を待った。今回は観光抜きだけど、こういうホームに立っているだけで旅をしている実感が湧いてくるのが不思議だ。
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