鵠沼復刻
どんより曇って少し肌寒いくらいの火曜平日。務めを終えて帰宅途中に新横浜駅で途中下車し新横浜ラーメン博物館へ向かった。「あの銘店をもう一度シリーズ」第15弾『支那そばや』が今日から営業開始という事で早速訪問してみる事にした。『支那そばや』がラー博を卒業してもう3年半ほど経過しているのだが、2000年3月から約20年近くここに在籍していたので復活と言われても正直ピンと来ない。でも今回の復活は普通の復活では無い。『支那そばや』がラー博で営業する以前、鵠沼海岸近くにあった創業店舗で提供していた当時の味を、故・佐野実氏が書き留めていたレシピを元に再現したものを提供するというのだ。鵠沼海岸創業店は1986(昭和61)年8月に営業を開始したが、佐野実氏がラー博に本拠地を移した為2000年に弟子に店舗を譲った。しかしその弟子も辞め後継者がいなかったので2004年に閉店している。我がこのブログを開始しラーメン食べ歩きを始める2年前だ。なので我は鵠沼時代の味を知らない。技術提供という形で暖簾分けされた店からその味を想像するに留まっている。だから今回はラオタ的に貴重な体験が出来ると思い楽しみにしていた。
入館しかつてと同じ店舗に直行した。店頭には腕を組んだ佐野実氏の等身大(?)の写真が仁王立ちしていたよ。我の狙い通り店前に待ち客の姿はなく食券を購入し早速入店した。奥の厨房には男女合わせて10人くらいの店員が見えた。店員から「お好きな席へどうぞ」と言われ好きな席に着席して提供されるのを待った。先客5人後客は7,8人かな。
『鵠沼醤油らぁ麺』1400円+『鮭節ご飯』500円=1900円
全てのラーメンメニューの筆頭に「鵠沼」の地名が入っている。佐野実氏が一番尖っていた時代の一杯がオフィシャルで復刻される事への期待が高まる。筆頭メニューレギュラーサイズとサイドメニューの鮭節ご飯を注文した。ちなみに金華豚チャーシューメンは何と一杯2300円というドン引くくらいの値段が設定されていた。
「あの銘店をもう一度」シリーズは基本的に共通の白い丼を使用して提供されるのだが、今回は店名のロゴが入ったオリジナル丼を使用していた。当時の丼を使っているのかな?憎い演出だ。麺は「支那そばや」らしい綺麗なほどのストレート細麺だが、我の記憶にある「絹のようにしなやかな」現在の麺と少し違い、その途上の麺というのが伝わってくる。当時使っていた小麦「はるゆたか」は、後継品種の「春よ恋」に取って代わられ現在では入手困難になってしまったものを何とか取り寄せて製麺し再現したらしい。具は九条葱のきざみ、海苔1枚、短冊メンマ3本、三元豚のバラチャーシュー1枚。『支那そばや』は穂先メンマの印象が強いが当時は短冊メンマだったんだね。そして三元豚チャーシューは柔らかく脂が溶け出すような感じで非常に美味しく、当時からこのレベルだったら凄いと思った。そしてスープなのだが…まず感じたのは「ああ、時代を感じるなー」だった。懐かしさを感じた。何しろ昭和末期から平成初期のラーメンだから、例え『支那そばや』であろうとも当時はこうだったんだなーと感じた。わかりやすく言ってしまうと卓上から胡椒をふりかけたくなるような節系醤油スープ。そこに『支那そばや』らしい名古屋コーチン等の鶏の旨味がのる感じ。アレンジすることなく本当に残されたレシピ通りに作ったのかも知れないなーと思った。実際卓上から胡椒をかけると美味しさが増した気がした。
サイドメニューの鮭節ご飯はシンプルに白米に鮭節と九条葱のきざみがのっただけで味付けはされていない。夕食にご飯物を食べた満足感は得られた。本家『支那そばや』が鵠沼時代の味の再現をすること等今後もう無いだろうし今回一回きりだと思う。貴重な体験が得られた気がして大満足で退館した。
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