鶏玩具箱
朝から青空が広がった土曜休日。正月ボケを治すには家でダラダラ過ごさない事だ。だからと言って地方遠征する気力も無いので都内遠征に留める。朝9時前に家を出た。
かつて町田駅の裏側に『69’nROLL ONE』という癖の強いラーメン店があった。店主は嶋崎順一氏。相模原にあった『キリン食堂』出身。かなり個性的な人で、派手な衣装にリーゼントに麺の湯切りのパフォーマンスに命を賭けているような、初見だとイロモノ店主にしか見えない。店内には禁止事項の貼り紙が多く掲示され、客には挨拶などせず黙々とラーメンを作るスタイル。それでいてテレビには出たがりな面もあったり。「佐野実の取り巻きのひとり」なんて呼ばれ方もしていたっけ。そんな感じなので相当アンチもいたようだが提供されるラーメンには唸らせるものがあった。鶏油を強烈に効かせたキレッキレの生醤油スープにしなやかなストレート細麺を泳がせた看板メニュー「2号ラァメン」。それは現在『飯田商店』等超有名ラーメン店で提供されるラーメンの主流となっている、所謂「水鶏系」と言われるラーメンの元祖と言っていい一杯。その後嶋崎氏は店舗をJR町田駅改札近く、更に赤坂に移り、現在では兵庫県尼崎市に居を移し屋号を変えてラーメンを提供しているそうだ。そこで今有名行列店の多くが提供している「昆布水つけ麺」を発明したのも彼だったと知り驚いたよ。つまり現在のラーメンのトップポジションにある流れをほぼ1人で生み出したようなものではないか。
そんな嶋崎氏は弟子を取らない主義らしい。でもその彼を追い続けると決めた1人のラーメン店主がいた。それが今日の目的店『トイ・ボックス』の山上店主だ。町田時代に手伝いで入ったのだが弟子入りは拒否されアドバイスのみだったのでラーメンはほぼ独学なのだそうだ。巷に氾濫する水鶏系ラーメンとは一味違う一杯が味わえそうなので訪問してみる事にした。
横浜から東海道線に乗り上野で降りて日比谷線に乗り換え最寄りの三ノ輪駅に到着した。初めて降りた駅だと思う。駅から地上に出て歩いて5分くらいの場所に店を発見した。到着したのは開店予定の45分も前。店前には誰もいない。ここで「しばらく時間を潰すか」とその場を離れたりすると後悔することになるのは経験で分かっているのでそのままその場で開店を待つ事にした。そうしたら5分後くらいに我の後ろに数人並び始めたよ。危ない危ない。定刻3分過ぎくらいに暖簾が出された。早速入店。入口脇に券売機。狭い厨房には山上店主を含めた男3人。客席は厨房周りにL字型カウンター8席。店内は静かで、そうギスギスした雰囲気は無いが一定の緊張感がある。店主も必要以外の事は口にしない。店主曰く「ラーメンを売っているだけなので自分はいないものだと思って欲しい」「レストランの厨房はもっと殺伐としている。ラーメン店は見えているだけ」「愛想で味は変わらない」。これらの意見は個人的に非常に同意する。ラーメン店へは食事に行っているのであって、最低限の接客さえあればいいと思っている。別に店主や店員と仲良くなりに行っているわけではない。逆に「どうでしたか!」とか話しかけられると困る。調子に乗って素人が知ったかぶりで上から目線で助言して得意になっている客を見るのも嫌だ。
塩、味噌もあるみたいだけど、ここはやっぱり筆頭の醤油を味玉付きで注文した。水鶏系はあまり具を追加すると雑味が混ざり魅力が損なわれる気がする。
麺はややかために茹でられたしなやかさを感じるストレート中細平麺。具はきざみ葱と穂先メンマ1本、大きめのチャーシュー1枚は脂身は少なく肉を食べる喜びが味わえた。追加トッピングの味玉はやや燻製の味わいが感じられた。そしてスープだがやっぱり鶏油の2度かけが効いている。旨味が存分に出ている。これは流石に認めざるを得ない。研ぎ澄まされた一杯という印象。我は基本的にご飯が合うラーメンが好きなはずなのだが、ここまで対極にあると、逆に凄く美味しく感じる。スープ一滴残してなるものかと完飲し完食した。日本が誇る素晴らしい一杯と言って良いと思う。大満足だったので感謝の意を伝えるべく思わず「ごちそうさまでした」と声をかけたら、「ありがとうございました-。」と返してくれた。こういうやり取りだけで十分だよ。
店の外に出るとまだ10人くらい行列が生じていた。そりゃそうだよ、と納得してしまった。
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