カテゴリー

2026年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ

« 誠栄移店 | トップページ | 春春木屋 »

2022年3月19日 (土)

擂粉木始

220315fuji001 2006年5月27日からこのブログを書き始め、気がつけばあと2ヶ月で開設16周年を迎える事になる。こんな自分がひとつの事を16年も続けてこれたという事実に驚き、感慨深い気持ちになった。この機会に「擂り粉木日記」を開始した当時の事を振り返り、読み返して感じた事、思い出した事を書いておく事にした。例によってダラダラと長文で書く。

2006年の出来事は第一次安倍内閣発足,livedoor堀江貴文氏逮捕…等があったそうだが言われてもあまりピンと来ない。当時自分の携帯電話 はFOMAでSH903i TVという機種を使っていた…と言った方が時代背景が見え易いか。初代iphoneの発売は翌年の2007年だそうだ。当時はFOMA付属カメラでラーメンを撮影していたが、あまりに画質が悪いのでしばらくして別にデジカメを買って切り替えた記憶がある。

今ではすっかりオワコンツールと言われてしまっているブログも当時は全盛期だったと記憶している。ちょうど現在芸能人達が猫も杓子もYou Tubeチャンネルを立ち上げているように、ブログで発信するのが当たり前みたいになっていた。ブログで有名になる芸能人も現れたし、一般人も有名ブロガーと言われる人達が誕生していた。我の周りの一般人も自分のブログを開設した話を聞いたりして、その流れにのるような形で、ろくに考えず本ブログ「擂り粉木日記」を開設した。ブログ名も開設当初書くテーマも決まっていなかったからどうにでもなるように名付けた。

けれども早い段階で自分のラーメン食べ歩きの記録になっていった。ブログ開始する前は意識的にラーメンの食べ歩きをしていたわけではない。隔週に1回くらい家系ラーメンか『田中屋』のラーメンを食べていた程度だ。ブログを書き始める何ヶ月か前だったかな、ラーメン好きの会社の同僚に誘われて京急平和島駅近くの当時『麺香房暖々』、今は『らーめん大大森店』を名乗っているようだけど、そこで初めて「二郎系ラーメン」と対峙する事になった。当時はまだ今のように二郎系インスパイアが拡散されておらず聞いたことはあったがどんなラーメンかも全く知らなかった。カウンターにあった説明文を読んで何も判らぬままほぼ全増し注文しあえなく轟沈、麺を残して退店する事になった。その屈辱感もあって「何なんだあのラーメンは!?」とラーメンのバリエーションに興味を持ち始めるキッカケになった。しかしそこで我はジロリアンに流れずラーメン全体に興味をもつようになったのは別のキッカケがあったからだ。確か何かのグルメ漫画をたまたま読んで千葉の『竹岡式ラーメン』の存在を知った。その当時のご当地ラーメンの知識といったらせいぜい札幌ラーメン、博多ラーメン、あと和歌山ラーメンくらいしか知らなかったので軽い衝撃を受けた。そんな限られた地域に特徴のあるラーメンが存在するのか?そうなると日本全国でどれくらい我の知らない種類のラーメンが存在するのだろう?調べてみようかな、そんな感じでラーメンという食べ物に興味を惹かれ始めていたタイミングだった。だからブログ開設当初は本当にラーメンの知識は無いに等しかった。ブログの記事を書く為に食べ歩くという行為によって、ラーメンの興味が加速されてどんどんラーメンの沼にハマっていったと言っていいだろう。当時は多く出版されていたラーメン本や雑誌を読み漁ったものだよ。

こうして何も考えずに始めた「擂り粉木日記」はラーメン食べ歩き個人記録になっていった。しかしいざブログを書き始めてみると、自身の致命的と言っていい2つの大きな問題が明らかになり苦しむ事になった。ひとつは自分の語彙力と文章力の無さだ。今までろくに文章等書いてこなかったのに、いきなりほぼ毎日文章を書く事になった。当然慣れていない。意気込んでみたものの自分の書きたい事がほとんど文字に変換することが出来なかった。キーボードを打つ手が全く進まない。短い文章を書いているつもりだったのにいざ時計をみると驚くほど時間が進んでいて就寝時間はどんどん遅くなっていった。今のようにTwitteのようにつぶやくだけならどんなに楽だったか。でもそれでは自分の本当の気持ちを収める事、残す事が出来るようには思えないけど。

更にもう一つの原因は、ラーメンに関する知識が致命的に不足している事だ。テーマと選んだものに対する知識がないのにほぼ毎日のように書き続けなければならないのは苦痛だった。麺の分類、具材の名前、店の系譜はもちろん、美味しいと思っても「美味しい」以外にそれを表現する言葉さえ浮かばない。これらの問題を解決するにはただひたすら書いて文章に慣れ、日々ラーメンの事を調べて知識を得ていくしかなかった。正しい知識と文章力が無いものはブログを書く資格はないのか?否!別に頼まれて書いているわけでもない。営利目的で書くのではない。ただ自分の日記として書く。だから世間に公開しているとは言え自分の気持ちとは真逆の嘘を書けば読み返した時自己嫌悪に陥るのは目に見えていた。開き直って書く。自分の感じたままをなるべく文字に変換するように心がけ書き続ける事を決めた。

ところが今自分で当時の記事を読み返してみると、味や値段について必死にあら捜ししてケチつけているとしか読み取れない文章で、そんな風に考えて食べていたら美味しい一杯も美味しく食べられるはずがない。自分を不幸にしていた。更に始末の悪いことにラーメンの知識が無いだけではなく、飲食店経営の大変さを想像すら出来ていなかった。一杯を提供してくれた店への敬意が感じられない。今の自分でこんなに嫌な気持ちになるのに、店の人からすれば相当胸くそ悪い気持ちにさせてしまっただろう。これは当時ラーメンの知識を得る為読み漁っていたラーメン雑誌等の反発があったからだと思う。ラーメン本のほとんどは正しい知識を教えてくれたので今考えても良い本が多かったけど、中には明らかに提灯記事を並べていたような雑誌も散見され、そういうものへの反発心で、基本知識さえないくせに偉そうに値踏みするような気持ちで書いてしまっていたのだ。本当に稚拙だった。

かなり長文になってしまったので流石にこのあたりで区切ろう。また日を改めて「擂り粉木日記」を振り返ってみたい。

« 誠栄移店 | トップページ | 春春木屋 »

コメント

いつもありがとうございます。
私は横浜在住のラーメン好きで、どこかで貴殿の擂り粉木日記を見つけ、もう数年来拝読しております。16年もアップされているのですね。
素晴らしいことです。
これからも無理せず気楽に情報発信されることを期待しています。

totonosukeさん、励ましのお言葉ありがとうございました!
今は出来るだけ続けようという気持ちです。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 誠栄移店 | トップページ | 春春木屋 »