令和葉隠
最近自分がこの「擂り粉木日記」を書き始めた2006年時の記事を読み返しているのだが、当時の記憶や気持ちを思い出し懐かしい気持ちに浸ってしまう時間が多くなってきた。ああこんな店あったなー、この店まだ営業しているだろうか?とかね。…というのは当たり前なのだが、それと同じくらい当時の自分のラーメンへの評価があまりに稚拙で信用ならない気持ちになる。経験が圧倒的に不足していることが判るからだ。自分の事だから。なのでまだ現存していてその時以降再訪問していない店にもう一度訪問してみたいという欲求が強まってきた。
会社からの帰宅途中東横線白楽駅で下車し『九州ラーメン葉隠』へ約15年半ぶりの再訪をしてみる事にした。我ながら凄いなこのブランクは。何故今まで再訪しなかったというのはいくつか理由がある。この店の店主が結構自己主張が強く話好きで客に長話をしてくる。実はこの店は一度六角橋の中心部に一度移転しているのだが、当時はその直前で、店主にその経緯を延々聞かされる事になった。結局今は元々の店舗に戻ってきているのだが。そして店内も雑多に物が置かれあまり居心地が良いとは言えない状態だった。女性客は一人で入るのはまず出来ない雰囲気だ。店主が曲者で店内の衛生状態に難がある店は15年前はたまにだけど遭遇してたよ。好き嫌いは別にしてそういう店も普通にあるだろうぐらいに思っていた。でも令和になった今ほぼアウトな価値観に変化している事は実感している。そんな店が今も現役で営業し続けているというのは素直に凄いなと思う。だから再訪しようと決めた。
白楽駅から歩いて7,8分くらいかな。店に到着すると電光掲示板が灯っていた。ああ本当に営業し続けていたのだな。入口のドアに「今年で80歳になりました」という旨の張り紙がしてあり、相変わらず自己主張の強さが伝わってくる。80歳でもまだ変わらず「俺が俺が」と言い続けられる精神は図太いというより立派だなと苦笑してしまった。そしてそう思えるくらい我も歳を重ねたという事だよな。意を決して入店。厨房は明かりが落とされ、店主は客席のテーブルに新聞紙を広げまな板の上で餃子を作っていた。ノーマスクでね。もちろん先客はいなかった。我は覚悟を決めて入ったから入ったけどやはり今どきなかなか見ない飲食店の様子だ。「いらっしゃい。あと2、3個作っちゃうからちょっと待ってね。」と言われた。店主の作業しているテーブルの隣の席に座る。そこしか座れそうな席がなかったからだ。明かりの落とされた厨房の前に3席のカウンターがあるがその内1席は店主の上着がかけられ、1つはタッパーが置かれていた。4人卓は店主が作業中だし、残るは2人卓が2つあったが内1席は座るところに雑誌等が数冊置かれていた。なので残る1席に座った。テーブル上のパネルには店主が取材された大昔の記事やら薀蓄が書かれたものが貼られていた。店内には何故か卓球の試合映像と歌謡曲が同時に大音量で流されていた。餃子を作りながら店主が「うち初めて?」と聞いてきたので「ずっと前に来たことあるね」と答えた。おそらく初訪問などと答えようものなら長い講釈が始まったのだろう。「九州ラーメンでいい?」と聞かれたので「卵入りがいいなー」と答えた。店主は佐賀県出身らしいので佐賀ラーメンぽさを演出してみようかなと思ったからだ。でも店主曰く「葉隠のラーメンは地元佐賀でも食べられない九州ラーメン」だそうなので佐賀ラーメンを再現しているわけではないようだ。店主はようやく腰を上げ厨房に照明を付けラーメンを調理し始めた。九州ラーメン 葉隠 『卵入りラーメン』750円
ラーメン提供と同時に支払いを済ませた。水もその後で提供してくれた。ある意味期待通りの常温の水だった。でラーメン。意外と豚骨臭が漂うという感じではない。麺はストレート細麺で柔らかめ。具はきざみ葱、紅生姜、海苔1枚、柔らかいチャーシュー3枚、生卵は黄身も白身も入っている。スープは結構醤油ダレ強めのしょっぱさを感じる豚骨スープ。普通に美味しい。後半黄身をスープに溶くとマイルドになって更に美味しく感じた。初訪問時の我は酷評していたが、今日は完飲完食した。15年の月日が流れれば店のラーメンも変化したはずだし、食べている我の味覚も地麺巡りを通し経験を積み変化しているからね。結果的に再訪して良かったよ。良い印象で記憶を上書き出来たから。その後店主から「コロナで大変だったよ」的な話をされて少しその会話に付き合ったが、タイミング良く奇跡的に後客が1人入店してきたので入れ替わるように「ごちそうさま」と言って退店する事が出来た。店主は終始ノーマスクである意味キャラクター通りだった。横浜までバスで移動し家路についた。
これから食べ歩き当初に一度訪問したっきりの店への再訪をする機会が増えると思う。当時良く思おうが悪く思おうが無関係で。当時の自分の評価が信じられなくなってしまったからだ。
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