白谷絶景
朝5時起床。本格的な屋久島旅行始まりの日だ。まずは朝風呂でスッキリしようと風呂場へ向かう。空を見上げると残念ながら雲が立ち込めている。7時に食堂へ行き朝食をとる。頼んでいた昼食用のお弁当が用意されていた。登山用の通気性のある服を着用しその上にウエストポーチ、リュックサックを背負う。今思うとごついウェストポーチは余計だった。とにかく見かけは本格的な登山者スタイルになった。うっかり水筒を忘れて部屋に取りに戻った。これがなかったら相当キツイ思いをしていたと思う。バス停に向かうと同じ登山スタイルの人達が既に四人居た。8時半にバスは出発。途中からも結構登山客が乗ってきた。20名以上はいた。バスはどんどん急斜面をうねうねと登り30分くらいで白谷雲水峡入口に到着。バス代は500円だった。入口には人がいっぱいいる。自分は靴にスパッツを取り付け、入口で地図と協力金300円を払い出発した。
いきなり入口から豪快な滝飛沫で空気中の湿度が上がりヒンヤリとした空気に包まれた。白たえの滝というらしい。最初から凄い景色だなぁ等と思ったが、この後見る光景からすればほんの序章に過ぎなかった。憩いの大岩というところを超えて滝沿いに木の板で整備された緑濃い登山道を登っていく。湿度も更に増し景色も屋久島らしい苔むした巨木と岩と水の世界に変わっていく。我は完全にマイペースを維持し進んでいると、いつの間にか周りの人もだんだんいなくなっていった。二代大杉のあたりから原生林歩道へ突入したのだが、そこは足場もままならない密林の世界になり、完全に自分以外の人はいなくなった。大自然とたったひとり対峙するのは恐怖心と冒険心がない交ぜになってとてもワクワクした。見るもの全てが普段写真でしか見れない自然の光景で素晴らしい。カメラに防水カバーを装着し首に下げた。
一応目印にピンクのリボンがくくられているのでそれを探しながら正に道なき道を辿る。思った以上に足場が悪い。木の根が網の目のように張り巡らされているので靴がズポッとはまって抜けにくくなったり、全ての石が苔むしているので滑りやすい。途中勢いのある川を渡る時もドキドキしながら慎重に渡った。下り坂なども慎重に下りないと恐ろしい。滑って転んで頭を割ってしまう想像をしてしまい恐怖を感じた。更にそこら中に小川がちょろちょろ流れているのでぬかるみもある。一応モンベルの防水性シューズを着用しているがスニーカーに毛が生えた程度のものなので心もとない。たとえ1度きりでも厚底の軽登山靴を買うべきだったと今頃後悔した。それでもこの危険な状況が冒険心をかき立てて童心に戻ったように楽しい。ただひとり豊かな水と豊かな緑の世界に包まれて山の霊気を全身で感じながら夢中で上っていく。
気配を感じてふと顔をあげると何と鹿の親子と遭遇した。正に遭遇である。野生の動物にたった一人でこれだけ至近距離で対峙したのはもちろん初めてで感動的だった。
濃厚な生命力溢れる空間だったので気持ちは夢中で進んでいたが、体力の方はかなり消耗していた。元々多汗症だし全身汗まみれになるのに加え、この上なく空気の湿度が高いのでもう水を被ったかのような有様で不快指数はかるく200%を超えた。限りある水を大切に口に含み、時たまレモン味の飴を口に含み気力を振り絞った。原生林歩道を抜けきって楠川歩道に出ると、ようやく再び他の登山客の姿が見られるようになった。でもまだ休憩はとらない。
白谷小屋を横目に更に進み、もののけ姫の森という宮崎監督が聞いたら嘆くに違いないネーミングの場所に突入する。ここから辻峠まで斜面は急になり足場も悪く、それに比例して気温も下がっていった。もうこの辺りまで来ると苔むした巨木がある幻想的な風景を見ようが、野性の猿や鹿を見つけても何とも思わなくなってくる。それが普通の光景になってきた。この頃になるとさすがにかなりシンドイ。辻峠でしばらく休む。ちょうどガイドを連れた登山客と一緒になって、そのガイドの説明に耳を傾けたところ、このまま直進すると縄文杉へと続く登山道になるとの事。ここから片道6時間かかるらしい。それを聞いて無茶な計画を立てて行かないで本当に良かったと思った。ここから更に6時間かけて歩いて、そして戻ってくるなど想像するだけでぞっとする。無知というのは恐ろしい。体験が無いというのは恐ろしい事だ。でもガイドをつれた数人は山で1泊して縄文杉まで行くという。
水分補給をした後いよいよ最終目標地点の太鼓岩へ向けて重い腰を上げた。ちょうどガイド連れの人と一緒に登る事になったのでその後をついていく。15分ほど歩けば太鼓岩に到着するとの事。しかし登り始めて間もない時にガイドが「貴重品以外はここに置いたまま登りましょう」というので自分もちゃっかり一緒にリュックを置いて登った。確かにここからの急斜面の角度は半端ではなかった。歩くと言うより枝に手をかけてよじ登る感じ。これはかなり辛かった。結局20分くらいかかったかな?ようやく登りきると先客の登山客が10人以上いたので、頂上手前で空くのを待った。というより休みたかった。とりあえず一息ついてから岩の前方に立つ。そこは今までの疲れが吹っ飛ぶくらい視界ぐるりと200度くらいの雄大なパノラマが広がっていた。霧が立ち込めていて深い谷に川が流れ、山々の表面を雲が流れていく。映画「もののけ姫」のオープニングの風景そのものだった。怖くなるくらい素晴らしい景色だった。縄文杉を見られくなった悔しさはこの景色を見た時消えてなくなった。屋久島に来て良かったと心から思った瞬間だった。
しばらく太鼓岩からの絶景に見とれた後、急斜面を降り途中置いてきたリュックを回収し、辻峠のベンチで上着を脱いでお弁当を食べる事にした。この時12時30分だった。食事を終えると現金なもので気力が甦り山道を下っていく。やはり下りの方が断然楽だ。登りだと歩きにくい道だったが、下りだとちゃんと考えられた場所に足場が設置されている事が判った。途中何人もの登山客を抜くほどのハイスピード。それは帰りのバスに間に合わせる為。このペースで行けばギリギリ2時10分発の帰りのバスに間に合うかもしれなかったから。帰りはもう見慣れた景色になっていたので特に見るべき事もないのでそれでいいのだ。でも途中すれ違ったガイドに「顔色が悪いですが大丈夫ですか?」と聞かれた。自分で思っているよりかなり疲労しているのかも知れない。とにかく体は湯気が立つほど汗まみれ状態なので一刻も早く風呂に入りたい気持ちでいっぱいだった。そして何とかバスの出発ギリギリ5分前に入口に戻れた。ベロベロになって使い物にならなくなってしまったパンフレットを入口のおばちゃんにお願いして再度貰った。もうヘトヘトの限界状態で上着を脱いでバスを待つ。恥ずかしながら本当に膝が笑っている状態になっている。ようやく来たバスに乗り込む。車内の冷房が心地く天国のようだ。残った水筒の水も飲んでいくらか気力が戻ってきた。
もう3時半には宮之浦に戻っていた。かなりのヘタレっぷりだ。自分の体力の無さを思い知らされた1日だった。宿に戻る途中、スズキのレンタルバイクの予約をする。縄文杉がパーになり空いた1日をバイクで島一周ツーリングする事を考えていたのだ。それも無事バイクが借りれたらの話なので予約が出来て明日の予定が確定しほっとした。とりあえず宿についたら風呂入って寝よう、とにかく休もうと思っていたので、再度外出しないで済むようAコープでチューハイと水と菓子を購入してから宿に戻った。風呂に入ってサッパリして冷房の効いた部屋で寝転ぶ。このままぐっすり眠りに落ちるだろうと思っていたのだが、体が妙に熱をもち眠る事が出来ない。一体どういう事だろうか?ちゃんと眠らないと明日に影響してしまうと思い何度も寝ようと試みるのだがやはりダメだった。それならばとチューハイ飲みながら明日周る予定の島の地図を見てチェックポイントを確認していく。これが結構楽しく明日が楽しみで仕方がなくなった。結局夜中になってしまったので布団に入りながら考えた。もしこれが当初の予定通り縄文杉に行けたとしたらこの旅はどうなっていたのだろうか。自分の体力を過信し縄文杉登山の翌日に白谷雲水峡に行く事を予定していたのだ。それが無謀な事だというのは今日行ってみて初めてわかった。しかもそれでは屋久島の山しか知らずに帰る事になる。それが明日は島を一周して多面的に屋久島を楽しめる事になったのだ。むしろ縄文杉に行けなくなったのは幸運に思えてきた。自分は良い方に導かれているのだと感じた。
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