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2017年4月15日 (土)

桜散絨毯

170415sinrinkouen02 早朝、と言っても朝6時ぐらいに家を出て森林公園へのウォーキング。先週末は生憎の小雨混じりの天気だったので断念したけど桜の様子を見たくてね。ゴミ捨ても兼ね出発。流石にもう葉桜だろうなーと思いつつ出かけてみると、満開時には見られないであろう、意外にも良い光景が見られた。桜花の絨毯。中々見応えがあり来た甲斐があった。170415sinrinkouen01170415sinrinkouen03

森林公園での光景を見たので今日ならではの花見を優先しよう。特に行きたいと狙っていた店も無かったので食べ歩きはそれに合わせよう。久々に井之頭公園に行ってみるか。流石に今週はもう花見客は激減しているだろうし。一度桜満開時の井の頭公園へ行ったことがあるが、ブルーシートが敷かれて歩行スペースが狭くなり、公園を一周するのに行列状態で渋滞していて凄い事になっていたからね。満開時の井の頭公園は避けたほうが懸命だというのは身にしみてわかっている。東横線で澁谷に出て井の頭線に乗り換え吉祥寺駅に到着したのは10時頃。果たして花見客はまばらでいつもの井の頭公園の光景。ベンチでしばらくボーッとして公園内を散策。やっぱり心は安らぐね。
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いつもならあまり関心が無かった桜を今年はどうしてこんなに関心が高くなっているか自分でもよくわからない。単に年齢を重ねてきたからならいいけど、今が「戦後ではなく戦前の時代なのかも…」と思うのは考えすぎかな…。

2017年4月 2日 (日)

朝桜偵察

170402sinrinkouen01 久々に早朝の森林公園へのウォーキングを行った。5時40分過ぎに家を出た。雲も多いが昨日に比べれば良い天気。1年ぶりになるのかな。近所の風景なのに、あの家は建て替えられたとか、取り壊されたとか、初めて知る事が多く面白い。そんな久々に行ったウォーキングの目的は桜の開花状態を確認する為。テレビでは今日が満開とか言っていた。そんなわけは無いと思うけど、桜っていうのは気がつくと盛は過ぎて葉桜になっているからね。実際行ってみると贔屓目に見ても2分咲きくらい。来週末辺り満開になっているかなー。良い天気だといいな。

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2016年8月 7日 (日)

真呉爾羅

160807minatomirai01 映画「シン・ゴジラ」を観にみなとみらいの映画館に行った。我は滅多に劇場に足を運ぶことはないタイプ。前回は「アバター」だった。邦画となるともう10年以上は行ってない。だから映画館に行くこと自体が新鮮。子供の頃は早朝に映画館の前に並ぶとかしていたんだけどね。今ではネット予約で上映時間ギリギリに到着すれば良いので楽々だ。そして今回は4DXという、椅子が動いたり水しぶきがかかったりという体感型のもの。普通の映画ならいかがなものかと思うけど、今回の映画は「ゴジラ」。ゴジラが現れる時に船が揺れると同時に揺れたり、水しぶきがかかったりする。ゴジラが上陸する時のズシン!という振動も体感出来る。後日家で観れれるようになっても、これは劇場公開中の今だけだからね。だから映画館に足を運んだという要因のひとつ。最近の映画館は集客に必死だからあの手この手で工夫してくるね。映画本編の方も実に面白かった。怪獣が東京に上陸するという言わば荒唐無稽なシチュエーションをこれでもかというリアル設定と演出をしてくれて。そして伏線が周到に張られていて、見終わってから考えるというか語りたくなるというか。特に冒頭とラストのシーン。だから今回見終わって満足だった。また観たいと思った。

2016年5月27日 (金)

十年節目

2006年5月27日からこのブログを始めた。本日でちょうど10年目となる。書き始めた当初は方向性が定まらず「ステーキ宮のたれ」など紹介していた。そんなのもあって先日サミットで売っていたので買い10年ぶりに同じく写真を撮ってみた。

16052700miya01 ステーキ宮のたれ(90g) 150円
これ美味いんだよね。北関東ステーキハウスの雄。お店には数十年入っていないがタレの美味さだけは未だに覚えている。パスタとかにかけても食べれちゃう。
さて、このブログ振り返ってみれば結果的に我のラーメン食べ歩きの記録だった。当初からご当地ラーメンへの興味は示し、新店というよりはご当地ラーメンを提供している県内、都内の店へ積極的に訪問していた。いつしかそれだけでは満足出来なくなり、2009年2月の京都遠征を皮切りに、現地に赴き直接ご当地ラーメンを食べ歩くスタイルへと針は振れていった。飛行機や新幹線、時にはレンタカーを借りてまで遠方のラーメンを食べに行く狂気の沙汰。でもそれは繰り返すほど楽しくなっていった。その土地の人々に愛される老舗ラーメン店というのは、ありきたりの観光スポットに行く事よりずっと心に響き、記憶に残るものだったからだ。そういう店はたいがい市街地から離れたところにある。それらをまわるには、地元の電車やバスを乗り継いだり、何でもない国道沿いをひたすら歩たりする事になる。それは地元民と同じような行動パターンをすることになり、よりその土地の風土が体感出来る。そんな経験も後になってジワジワと旅の思い出として効いてくる。いつしかご当地ラーメン食べ歩きの旅は我のライフワークなのではと思うようになった。どちらかというと元々出不精だった我を、ラーメンという食べ物が大きく変えてくれた。
そんな地方食べ歩きの旅も、2013年7月沖縄遠征にて日本全国47都道府県訪問を達成。それでも地方遠征は終わらず、その後2年半、今までの食べ歩きで生じた心残りを溶かしていく旅を続行。そして現在、その甲斐あってほとんどの心残りを解消し、ご当地ラーメン探訪の旅も悔いを残していない状況を迎える事が出来た。そのタイミングでこのブログは本日10年というひとつの節目に立った。
この大きな節目を迎え、我の個人的ブログである「擂粉木日記」のこれからについて考えてみた。我の食べ歩きの主目的だった「ご当地ラーメン探訪の旅」はほぼ達成されたので、今までこのブログの根幹を成していた、我とラーメンとの関係性が変わっていく事は避けられない。今までのように1日に数店連食するような行為は肉体的に難しいという現実がある。先の連休の時に受診した人間ドッグの結果は幸い大きな問題は無かった。10年間無茶な食べ歩きをしておいてよく保ったと自分でも感心する。でも人間ドッグに自ら行ってしまうような年齢になってしまった事が大きいのだ。これからは自ずとラーメンとの距離を緩やかに空けていく方に意識していかなくてはならないだろう。

一方それとは別の理由もある。10年続けていた事で、このブログ自体のデータ容量も既に使用可能な容量限界の85%にまで達している。いつまでも普通に更新を続けていけるわけではないという現実がある。金を出せば容量を足せるのだろうけど、良い区切りではあるしね。一度区切って新しいブログに引っ越すにしても、ラーメンに代わるテーマが簡単に見つかるわけがないのでしばらくは惰性で今まで通り続けていく事になるだろう。でも次の事を考えなくてはならないと思っている。

2016年4月 9日 (土)

根岸桜舞

160409negishi01 穏やかな天候に恵まれた週末土曜日。情緒不安定な日が続いていたが、この天候のせいか今日は何となく穏やかな気持ちでいられそう。なので久々に根岸森林公園にウォーキング…ではなく散歩へ。先日の大雨と強風で大分散ってしまったが、今日は青空の元桜見物も出来るだろう。行ってみると桜の花びらがひらひらと舞い路上はところどころ桜色に染まっていた。ブルーシートを敷いた花見客もいた。家族連れが多いところはしばらく避けていたけ。いろいろ思い出したりしちゃってね。他の家族なんて関係ないのに。そこが情緒不安定なんだろうな。絵に描いたような幸せオーラで包まれている家族団らんを楽しんでいる家族客達。でもそれはその幸せな瞬間に我がたまたま居合わせて見ているだけ。その家族だっていろいろな苦労を乗り越えてようやくその瞬間に到達したのかも知れない。もしくはこれから悲しみを経験するのかも知れない。我とはその周期がズレているに過ぎない。そう考えられるようになった。

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2016年3月15日 (火)

母親死別

今月7日、母親が亡くなった。様態が急変し医者に呼ばれあと数日の命だと宣告されたのが死去するわずか3日前。死因は肝臓がんからくる肝硬変。肺に水が溜まり呼吸困難で脳に酸素が行かなくなりもう意識が朦朧として金曜日は目を閉じたまま声にならない声で唸っているだけの状態だった。見ているのさえ辛かった。心が張り裂けそうだった。ところが翌日からの土日2日間は、おかしい言動はあるもののの、我をはっきり認識して会話もたどたどしくても交せ、自分の手で果物やお茶を食べるほどだった。我の頭を撫でてくれさえもした。思い返せばこの2日間は神様が我が家族に与えてくれた奇跡の時間だった。それでちょっと希望の光を見出し回復するのではと淡く期待をしていた。しかし翌月曜日、体調が急変し肩で息をする状態になってしまったという。職場から駆けつけ半日間手を握り体を擦っていたがその日の夕方、よくドラマで見るように脈拍は落ちていき機械は警告音をけたたましく鳴り響かせた。母の瞳から命の火が消えていくその瞬間を見てしまった。目やにだらけの目で最後まで我を見つめていてくれたような気がする。その時の表情が脳裏に焼き付いて離れない。後から看護師達が心臓マッサージをしてくれたが息を吹き返す事はなかった。後から思えば最後の瞬間まで看取る事が出来て幸せだったのかも知れないけど、その時はあんまりだ!残酷過ぎだ!と思った。怒涛のように押し寄せる悲しみと後悔。親と死別する時、そういう風になるというのは以前から聞いていた気がする。でもその本当の意味を知るのはその時にならないとわからないものなのか。いくら悔やんでも謝っても、母とはもう二度と話す事も叶わなくなってしまった。

数年前から入退院を繰り返していた母。自分の体だから自分が良くわかっていたはず。退院していても定期診断の名目で病院に通っていた。でもそれは治癒する為ではなく、自分の体が病に蝕まれていくのを数値で具体的に知らされるだけだったはず。どんなに辛く恐ろしかっただろう。時間をかけて真綿で首を締められていくようなものだ。母の最後はとても苦しそうだった。もしあの時息を吹き返したとしても、家族からすれば幸せでも、本人にすれば苦悶の時間が長引いただけだったはずだ。もう母は苦しまなくていい。不安から開放された。都合の良い考え方なんだろうけど、「これで良かったんだ」と思うしかない。深い悲しみに我が打ちのめされたとしても、母が不安と苦しみから開放される事が優先されるべきだ。

あれから一週間。今、母は骨となり壺の形で家に帰ってきている。大分気を逸らす術も身についてきた。忌引中、折しもテレビでは東日本大震災から5年目として、予告もなく突然家族を失った人々のインタビューが流れていた。そう、この悲しみは我だけが味わっているものではない。大概の人は誰もが親との死別の時を経験するのだ。昨日から職場に戻ったが、良くも悪くも母の事を考えている暇もない感じになる。日常に戻っていく。少しずつ、少しずつ。

2016年2月26日 (金)

面会禁止

火曜の夜、母親が救急車で運ばれ再び入院することになってしまった。圧迫骨折で動けなくなってしまったのが主な原因で命に直接影響があるものではないが、持病のこともあり非常に心配だ。病室の空きがないとかで最寄りの病院ではなくちょっと離れた病院に救急車で搬送される事になった。会社帰り病院に直行し一緒に救急車で移動した。ちょっと離れたけどたらい回しにされなくてひとまずは入院出来て安堵した。ところが、この病院はインフルエンザ感染防止として、入院患者の家族であっても病室に入ることは出来なかった。流石に救急車搬送直後と翌日は特別に入室させてもらえたが、それ以降はダメ。普通に考えれば理に適っているし、そっちの方がいいと頭では理解できる。でも入院患者の家族という立場だと心情的に厳しいなと思ってしまう。本人とは何とかメールで連絡は出来るのだが、メールを打たせることが負担になってしまわぬよう、そう頻繁にメールを送れない。早く解禁して欲しいのだが、看護師に聞いても何時解禁になるか明確に答えられないと言う。流行の状況を見て、という事だろう。それも理解できる。それにこういう思いをしているのは我が家だけでは無いはずだしね。でも…何とかして欲しいと思ってしまう。…というのが今の我のつぶやき。日記なので記した。

2016年1月31日 (日)

冒険見送

160131mizukisan00 我が心の師、水木しげる御大が昨年11月30日急遽された。享年93歳。大往生と言っていいのかな。我は小学生低学年の頃から水木マンガにハマっていたので、その世界観、ものの見方に大きな影響を受け育った。入口は「鬼太郎」だった。子供の頃は怖がりだったのに何で好きになったんだけかな?怖い以上に摩訶不思議な雰囲気に惹かれたんだろうなー。それから「河童の三平」や「悪魔くん」サンコミックの単行本などを小遣いから買ったり古本屋巡りしたり作品を収集していった。インターネットというものの影も形もない頃。作品群は底を知らない。そして妖怪モノから風刺モノへ。そのシニカルな視点にとても影響を受けた。そして自伝作品も多く書かれていたので、その人柄を知り赤の他人とは思えなくなった。故郷である鳥取境港まで初の一人旅を敢行までした。それが突然の急遽。年齢が年齢だけにある程度心の準備は出来ていたとはいえ…。まあ人の死ぬ時とはそんなもの。

160131mizukisan02 乃木坂駅を出ると既に大行列が出来ているのが見えた。参加者の顔ぶれは老若男女多彩。そうだよね、我は「自分と水木しげる」という視点でしか考えていなかったが、これほど多くの層に影響を与えた漫画家は故・手塚治虫氏くらいなものだろう。「ゲゲゲの女房」だけで知ったファンもいるんだろうな。鬼太郎のコスプレした子供を連れた親子などを多く見かけた。その逆に飛行機や新幹線で日曜午後にかけつけた年季の入った先輩ファンも数多くいるに違いない。物凄い人が参列していたので並び始めてから祭壇に献花するまで90分もかかった。それでも皆列から離脱する事なく寒い中ちゃんと列に並んでいるんだな。そうしていると水木夫人が車いすで娘さんに押されながら列の方に何度か挨拶しに来てくれた。皆一斉にお辞儀した。

160131mizukisan03 我に多大な影響を与えてくれた水木しげる御大。「丸い輪の世界」の向こう側へ大冒険に旅立たれた。もう新作は見れないけど、膨大にこの世に残していってくれた作品群によっていつでも摩訶不思議な「水木しげるの世界」に迷い込むことが出来る。斎場を出た後も斎場を回りこむような行列が出来ていた。

そして御大最後のメッセージカードを貰った。

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2016年1月 1日 (金)

深夜初詣

新年 明けましおめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

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160101gantan00 我が家もいわゆる人並みのお正月を迎える事が出来た。それが素直に嬉しい。その感謝の気持ちを伝えるべく、毎年恒例の「伊勢山皇大神宮」と「横浜成田山」へ初詣へ。例年ならば混雑を避けて2日目くらいの朝に行っていたのだ、先に言った気持ちが強いので除夜の鐘と汽笛を聞いた後に家を出て徒歩で向かった。
160101gantan01 どうせなら観光気分でと中華街を通って行ってみた。相変わらず人出が結構あって肉まん販売に長蛇の列が生じていた。「すしざんまい」にも待ちが生じていた。元旦深夜、様々な過ごし方があるものだ。
160101gantan02 横浜スタジアムを抜け野毛を通り伊勢山皇大神宮へ。階段のところで2回止められようやく本殿へ。初詣を終えお守りと破魔矢を購入。昨年の破魔矢とお守りのお焚き上げをお願いした。
160101gantan03 続いて成田山別院へ。地震で崩れた本堂再建されたんだな。
その後坂を降りて『とんかつの松乃家』に入店。年越し蕎麦を食べただけで歩いてきたので腹が減ってしまったのだ。9割方の席が埋まっていた。
160101matunoya01 とんかつの松乃家 野毛店 『ロースカツ定食』 500円
この時間に揚げたてとんかつ定食が食べられるなんて幸せだ。腹も満たされ店を出て、そのままドンキホーテへ入店。「赤いきつね」でか盛り2個を購入し、正月引きこもりに備えた。
帰りも歩いて午前3時過ぎくらいに無事家に辿り着いた。破魔矢を飾って安心して寝正月が過ごせる。良い正月だ。

2015年11月30日 (月)

御大旅立

漫画家、水木しげる御大が今朝あの世に旅立たれた。享年93歳だった。とうとうこの日が現実のものになってしまった。このブログでも度々書いているが、我は御大の熱烈なファンだ。小学生低学年の時から一貫してだからかなりの古参ファンだ。入口はもちろん鬼太郎だった。でもそれだけだったらすぐファンを卒業していたと思うが、途中から風刺漫画の方にハマっていった。思春期にモロに影響を受けた。そうしたらもう気がつけば筋金入りのファン。作品もかなり収集した。誰にも似ていない摩訶不思議なあの絵の魅力ももちろんだけど、ものごとの見方、人生観、それから生死観まで、我にとってかなり影響を与えてくれた存在だった。確かに大きな喪失感は感じている。でも今悲しみという感情はあまり湧いてこない。おそらく御大は今頃目をまんまるにして自分の死んだ状況や通夜の様子を観察し、その後あの世への大冒険に出発するに違いないからだ。その様子が目に浮かぶようだ。本当にご冥福をお祈りしたい。合掌。

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