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2016年3月27日 (日)

近場行列

昨日『昭和軒』でクラシカルな醤油ラーメンを食べたが正直物足りなかった。でも今の我はこってり家系を許容できるような感じではなく、普通の醤油ラーメンが合っているというのが判った。今日も良い天候に恵まれたが、電車乗って遠出する気持ちもないので徒歩圏内にある『地球の中華そば』に狙いを定めた。今日は伊勢佐木モールに買い物に行く予定なので、その途中に寄ればよい。そう考えて出発した。開店予定時刻5分前くらいに店に到着したが、既に20人ほどの行列が生じていた。すっかり有名店だ。こうなるといくら家から徒歩圏の店だろうと敷居が高い。でも今更別の店にするのも面倒だったのでそのまま並んだ。結局30分待ってようやく入店出来た。後ろの行列はまだ伸びているようだ。厨房には男の店員3人。

160327hoshichyuu00 160327hoshichyuu01 地球の中華そば

『醤油そば』 750円+『半熟煮玉子』 100円=850円

醤油そば、煮玉子付きを注文。自家製平打中細麺はねっとりと小麦の風味。具は薬味ネギとメンマ数本、豚と鶏2種のチャーシュー各1枚。黄身トロリの味玉丸1個。鶏油が効いた醤油スープ。でも想像より醤油の味が濃くしょっぱく感じた。これは我側の問題である可能性が非常に高い。それでもよっぽど食べやすかったのか完食してしまった。満足で店を出た。

そのまま伊勢佐木モールに歩いて行き、今日は靴を買った。その後スーパーに行って食材を買って帰宅した。

2016年3月26日 (土)

六角昭和

桜の開花がはじまり普通ならば外出したくなるのだろうが、今の我はほっとけば引きこもりになってしまいがちだ。だから自分に活を入れる為に昼前に外出した。横浜駅周辺で買い物。靴の底が減ってきたので新調しようとABCマート等に入って物色してみたが、現時点と同じ靴に行き着いてしまい、つまらないので今日は保留にした。

遅い昼飯になったが、やっぱり新店開拓してみようかなと東横線に乗り白楽駅で下車し六角橋へ。かつて『豚親分』、『キタノエビメン』と変遷した店舗にまた新しくラーメン店が今月10日くらいに開店したという。屋号は『昭和軒』。「六角橋本店」と書かれた看板や、店に立てかけられた巨大な「営業中」の札は『豚親分』時代からのものだ。壁の色と暖簾は変わっていた。早速入店。店内は以前とあまり変わった印象は無いが多少明るくなった気がする。厨房には中年男の店主が一人。前客1人後客1人。口頭で注文。
160326syouwaken00 160326syouwaken01 昭和軒 六角橋本店 『ラーメン』 650円
筆頭基本のラーメンを注文。懐かしい顔をした一杯が登場。麺は中太縮れ麺。具は薬味ネギ、メンマ、海苔1枚、ナルト1枚、ゆで玉子半個、かたい小さなチャーシュー2個くらい。スープは淡い醤油味。人気の新店などとは違い、魚介や醤油の味わいははっきりしておらず、卓上のテーブル胡椒を入れて味を調節する昔ながらのタイプ。今の我には調度良い感じかな。胃もたれする事なく店を出る事が出来た。

2016年3月25日 (金)

新横千晃

会社も期末ということで何となく仕事も慌ただしい感じだ。それでも週末金曜日。帰宅途中、新横浜駅で途中下車。駅近くにあった『伏龍』の跡地に今月14日に開店したというので寄ってみた。『麺家 千晃(ちあき)』という店で、他の飲食業界からの転業らしい。横浜家系ラーメンとしびれまぜそばの2本立てのメニュー構成だとか。早速入店。入口すぐに券売機。厨房は奥にあり見えにくいが、男の店員3人と若い女の店員1人。一列6席のカウンター席と2人がけテーブルが16卓もあり4人卓に組合させてたりする。席は予め指定された。先客1人後客2人。

160325menyachiaki00 160325menyachiaki01 麺家 千晃

『ラーメン並(麺かため・油多め)』780円+『小ライス』 100円=880円

普通ラオタと言われる人達はしびれまぜそばに流れるのだろうが、我は家系ラーメンの方だと入店前から決めていた。いつもの好みと小ライスを付けて注文。それにしても家系ラーメン基本780円というのはなかなかの強気価格。でもいくらなんでも店主も自覚しているはず。質にこだわったって事かな?麺は平打気味のストレート太麺。具は家系標準。でもチャーシューが大きく厚い。スープは感動はしないが普通に美味しい。久々に満足する食事になった。でも店を出た後やはり胃もたれ気味になってしまった。

2016年3月20日 (日)

横浜天有

伊勢佐木町に『新福菜館』、本牧に京都背脂系に鞍替えした『風来房』と最近横浜には京都ラーメンに進出が著しい。そして今度は京都一乗寺の有名店『天天有』がセンター北モザイクモールのフードコートに登場したというので行ってみた。ここには昔新横浜ラーメン博物館から出た『新福菜館』があった場所。不思議な繋がりを感じる。それにしても『天天有』もフードコート店舗を出すとはな。到着時店舗前には人無し。待たずに注文しお知らせブザーをもらう。

160320tentenyuu00 160320tentenyuu01 京都中華そば 天天有 センター北店

『鶏白湯中華そばブラック』 690円

基本のラーメンは本店でも大井町店でも食べたので、今回は醤油濃いめのブラックというものを単品注文。5分くらい待って呼ばれたので取りに行った。ブラックマッペと思しきもやしと九条ねぎが京都ラーメンらしい。小さめのチャーシューが4枚。鶏白湯に酸味の強い醤油が効いたスープ。なかなかなコッテリ感。今回もやっぱり腹がもたれた感じ。

三連休中日とあってかセンター北駅前では出店がいっぱい出て何やら催し物をやっていて大勢の人々がいた。目の前の事なのに、どこか遠くの出来事のように思えた。

2016年3月19日 (土)

土曜濱星

昨夜から降り続いた雨は今日の午前中まで降り続いた。このところ睡眠不順が続いていたので調度良いと思い、雨音を聞きながらうとうととしていた。正午過ぎに雨は止み晴れ間も覗いてきたので家を出る。生活用品、食材などを買いに歩いて伊勢佐木町へ。モールを抜けて関内駅を超え弁天通りへ。今月9日に開店したという濃厚煮干そばメインの店『麺匠 濱星』へ。焼肉店が営む店らしい。ビルの一階にある店舗で入口は側面にあった。大きな提灯が目印。入口脇に券売機。厨房には男の店員1人。厨房前に一列のカウンター7席。通りの窓側にテーブル席があるはずだが、ロープが張られて通行止めになっている。入口辺りでもゴソゴソしてたしまだ店舗が不十分なのかな?先客3人後客3人。

160319hamaboshi00 160319hamaboshi01 濃厚煮干しそば 麺匠 濱星

『濃厚煮干しそば(麺かため)』 750円+『奥久慈卵の味玉』 100円=850円

筆頭メニューに味玉プラス。最近玉子食べてなかったから食べたかった。麺は四角い太麺ストレート細麺。具は薬味ネギ、玉ネギのきざみ、穂先メンマ、海苔2枚、チャーシュー2枚。半分に割られた味玉。鳥白湯に煮干しを加えたという。リファインされた魚介豚骨ラーメン。やっぱり増えてきたね。没個性の代表にならないように差別化を計らないと長く続けるのは難しいかもね。

2016年3月18日 (金)

池辺順吉

忌引休みから今週職場に復帰。忙しさで少し悲しさは紛れた気はする。もう元に戻ることは無いけど、少しづつ普通の生活リズムに戻していく。こんな時でも腹は減る。

金曜夜の会社帰り、横浜線鴨居駅で途中下車し、今月1日に開店した家系ラーメン店『順吉家』に向かった。駅から1km以上離れていて歩いていったら20分くらいかかった。途中にはららぽーとがあるが、それ以外はプレハブの建物が多く、自動車修理工場や産廃業者、物流センターなどが多い。要はブルーカラーの人達が多いという事だ。そういう所というのはラーメン店の立地としては正しいと言える。特に家系の店はね。横浜上麻生道路沿いに目的の店を見つけた。早速入店。入口すぐ脇に券売機。厨房には男の店員2人。店中央に細長い変形コの字型カウンター11席。窓側に2人がけテーブル席4卓と、壁側に4人がけテーブル席が1卓。先客5人後客3人。ラジカセCDでサザンを流していた。

160318jyunkichiya00 160318jyunkichiya01 横浜家系ラーメン 順吉家

『醤油豚骨ラーメン(麺かため・油多め)』 680円+『小ライス』 100円=780円

基本のメニューに小ライス付を注文。ちゃんとした食事しよう。卓上にはおろしニンニクと豆板醤もちゃんとある。うずらの玉子は無いものの、白濁した豚骨寄りの壱六家系統の家系ラーメン。と言うよりいわゆる量産型タイプの家系ラーメン。腹は減っていたはずなのに、あまりラーメンを食べた満足感は感じなかった。これは我の方の問題だろう。食後やや胃がもたれた感じになった。でも家系ライスは満足出来た。

近くに昨年開店した『みさき家』もあったり激戦区になったと言われているけど、実際顧客になるだろう近隣の作業者達は時間が限られている為、あまり待たなくて食べられる店に入るだろうね。良い立地だと思う。

2016年3月15日 (火)

母親死別

今月7日、母親が亡くなった。様態が急変し医者に呼ばれあと数日の命だと宣告されたのが死去するわずか3日前。死因は肝臓がんからくる肝硬変。肺に水が溜まり呼吸困難で脳に酸素が行かなくなりもう意識が朦朧として金曜日は目を閉じたまま声にならない声で唸っているだけの状態だった。見ているのさえ辛かった。心が張り裂けそうだった。ところが翌日からの土日2日間は、おかしい言動はあるもののの、我をはっきり認識して会話もたどたどしくても交せ、自分の手で果物やお茶を食べるほどだった。我の頭を撫でてくれさえもした。思い返せばこの2日間は神様が我が家族に与えてくれた奇跡の時間だった。それでちょっと希望の光を見出し回復するのではと淡く期待をしていた。しかし翌月曜日、体調が急変し肩で息をする状態になってしまったという。職場から駆けつけ半日間手を握り体を擦っていたがその日の夕方、よくドラマで見るように脈拍は落ちていき機械は警告音をけたたましく鳴り響かせた。母の瞳から命の火が消えていくその瞬間を見てしまった。目やにだらけの目で最後まで我を見つめていてくれたような気がする。その時の表情が脳裏に焼き付いて離れない。後から看護師達が心臓マッサージをしてくれたが息を吹き返す事はなかった。後から思えば最後の瞬間まで看取る事が出来て幸せだったのかも知れないけど、その時はあんまりだ!残酷過ぎだ!と思った。怒涛のように押し寄せる悲しみと後悔。親と死別する時、そういう風になるというのは以前から聞いていた気がする。でもその本当の意味を知るのはその時にならないとわからないものなのか。いくら悔やんでも謝っても、母とはもう二度と話す事も叶わなくなってしまった。

数年前から入退院を繰り返していた母。自分の体だから自分が良くわかっていたはず。退院していても定期診断の名目で病院に通っていた。でもそれは治癒する為ではなく、自分の体が病に蝕まれていくのを数値で具体的に知らされるだけだったはず。どんなに辛く恐ろしかっただろう。時間をかけて真綿で首を締められていくようなものだ。母の最後はとても苦しそうだった。もしあの時息を吹き返したとしても、家族からすれば幸せでも、本人にすれば苦悶の時間が長引いただけだったはずだ。もう母は苦しまなくていい。不安から開放された。都合の良い考え方なんだろうけど、「これで良かったんだ」と思うしかない。深い悲しみに我が打ちのめされたとしても、母が不安と苦しみから開放される事が優先されるべきだ。

あれから一週間。今、母は骨となり壺の形で家に帰ってきている。大分気を逸らす術も身についてきた。忌引中、折しもテレビでは東日本大震災から5年目として、予告もなく突然家族を失った人々のインタビューが流れていた。そう、この悲しみは我だけが味わっているものではない。大概の人は誰もが親との死別の時を経験するのだ。昨日から職場に戻ったが、良くも悪くも母の事を考えている暇もない感じになる。日常に戻っていく。少しずつ、少しずつ。

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