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2015年7月31日 (金)

津軽味噌

黒石の『妙光』を出て「あれっ?」と思った。次は隣の弘前に向っていたはずなのに。入力したナビに従っていたら「やたら時間かかるなー」と思い始めた。そうしたら窓の外には五所川原と書かれた看板が見え始めた。どうやら『十八番』に行く前に入力した目的地の順番を誤ったようだ。でも気がついた時は既に遅い。そのままナビに従い『亀乃家』に向った。なので『亀乃家』を出てまた1時間ほどかけて南下し弘前市にやって来た。

そうまでしてやって来た弘前。目指す店は青森筆頭の『高橋中華そば店』でも、老舗の『緑屋』でも『三升屋』でもない。それらの店は4年前の秋に行った青森遠征で訪問済みだ(「津軽地麺」参照)。目指す店は何とデパ地下にある店だ。「中三」という地元密着型のデパートの弘前店の地下に地元民が愛してやまない味噌ラーメンがあるのだ。青森で味噌というと味噌カレー牛乳ラーメンという異端味噌くらいで、地元から支持される一般的な味噌ラーメンというもののイメージが浮かばない。津軽味噌ラーメンというのがどういうものか一度味わってみたかったのだ。

北秋田から車で田舎道を通ってきたので弘前中心部は賑やかな都会に見える。そんな市中心部に「中三」はあった。駐車場が見つからなかったので、隣のビルの立体駐車場に車を止め「中三」の地下へと向った。普通の地方都市のデパ地下の光景が広がる。その一角のフードコートに目的の店『中みそ』を見つけた。創業は昭和44年、五所川原の「中三」だった。弘前には2年後の昭和46年に出店。五所川原の店舗は昭和54年に惜しまれつつ閉店し現存するのは弘前の店舗のみになった。それでも地元民からの支持は絶大で今に至る。フードコートなので他の飲食店と並んであり、その前にテーブル席が沢山置かれている。時刻は夕方4時位だったので座っているのは買い物終わりの主婦らしきおばさんが2人ほどだった。なので並ぶことなく口頭で注文。厨房にはおばちゃん店員と男の店員の2人がいた。代金を支払い番号が書かれたプラ板食券を渡された。待つこと2分くらいかな?番号を呼ばれたので取りに行った。

150731nakamiso00 150731nakamiso01 中みそ 『みそラーメン(小)』 520円

メニュー表に「中みそラーメン」の屋号の部分に白いテープが貼られ消されているのが気になった。一時期屋号を『チャイナドール』と変えた時代があったというからその名残か。他のメニューはピリ辛味噌というのがあり、各々大中小のサイズが選べた。我は本日5杯目。しかもみそラーメンはキツイので小で注文。それでもそこそこのボリュームだし値段も良心的過ぎる。麺は中細ストレート。具はキャベツともやし、豚コマとかが入っていた。小だけど二郎並とまでは言わずとも、スープ表面から完全にキャベツが浮いている状態。スープは生姜とニンニクがやんわり効いている。赤味噌ベースだけど甘い。砂糖を入れているそうだ。五所川原時代は白味噌ベースだったけど、弘前の若い客層に合わせて変更したのだとか。正直言うとそれほど個性は突出していなかったが、赤味噌で甘いというのは珍しいし、こういう微妙な味の違いが食べ慣れるほど愛着になっていくものなのだろう。

これにて本日予定していた食べ歩きは終了。北上して新青森の営業所に車を無事返却出来たのは6時前。秋田から新青森までの長距離ドライブ、本当に無事でよかった。一安心だ。このまま新幹線で帰京する事も可能だったけど、せっかくの青森、一泊して明日帰ります。奥羽本線でひと駅、青森へ向った。

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